日記 ・ 髪、切りました
色々、小さなゴタゴタはあるけれど・・・
わたしたち三人は元気です。
オリジナルは知っていたけど、「ふぅん」でした。
こちらを聞いて「いい曲だなあ」って思いました。
2月19日(日)雨
日記があんまりな内容になっていたから、関係ない追記を・・・。
久しぶりに日曜休日です。
三人ともマンションでごろごろ。思い思いに好きなことしてますが。
平和ですね。北からのミサイルが飛んできているのにね。
思えばここは自作小説を書籍化する為だけに始めたブログ。
完成した時点で完結なのですが、だらだらと続けてて。とはいえ放置したまま。
そうですね、書籍化と言えば、現在の形態になってもできるのかどうか・・・。
わたしが書いたものではないんですけどね。
相方だった人が書いた短編小説。。。ものすごいんです。
プロじゃない人が書いたものでこんなにも完成された作品を他に知りません。感動して泣くと言うより震えました。同時に「わたしにはこれを越えるものは書けない」と絶望しました。
今でも、こんな日なんかに読み返したりしています。
ばっちい人ですから、そこはそこ。メインテーマは中学生の純愛物になるのですが、そのばっちいことがキーになっているという。
何度もここに転載したいと願ったのですが、本人が恥ずかしがって許してくれません。
そして彼も「本当に書きたい物を書いてしまったらもう書けなくなりました」と言うほどの作品なのです。
文体はわたしとそっくりなのですが、巧妙に伏線を張ったり心理描写展開も計算されつくしています。
・・・ただ、主人公の女の子の名前がわたしと同じなんですよね (;-"-) ドユコト わたしがモデルとでも?
「そうですね、意識していたのは否定しませんが、ばっちい部分はちゃいますよ」だそうで。あ、そう。
わたしが書籍化したよーにこの短編も書籍化したいのですが、そんな諸々の事情があってできないんです。
読めるのはオンラインでだけ。読み返すたびにすごいと思うんですよね。
ばっちくてもこんな中学生の思い出があれば宝物になることでしょう。男の子がね、またいいんですよ。どこかとぼけて何を考えているのかわからないタイプだけど、最後に全てが明らかになって・・・。「彼は最初からひとつもウソなんて言ってはいなかったのだ」それを受け入れられなかった主人公。
恋愛物の王道ですね。
もちろん由紀恵ちゃんと千明ちゃんにも読ませましたよ。
「よっくんのくせにすごいな、コレ」
作品で男の子の本性(?)がわかるように、彼の感受性の高さも明らかになった感じ。いつもふざけていたりするかと思えば、神妙になる時もしばしば。
不思議な人、なんですよね。
偽随筆 ・ ほとんどの人は不幸になる
【モダンチョキチョキズ / 絶望行進曲】
懐かしいです。小学生の頃だったかな?
コーラス部分が印象的です。
現代の子供教育とか・・・、あとそうですね、音楽の歌詞なんて露骨かもしれません。
「努力すれば夢は必ず叶う」
そう教えすり込まれてきたと思うんですよね。
冷静に大人が考えたらそんなはずありません。夢がかなえられた人なんて数パーセントでしょう。なのに子供にはそういうウソを教えるのです。
中にはいい年しても頭がお花畑な人もいて(オタク関係者などに多い)、現実逃避を繰り返してるなんて場合もありそうですが、大抵の人は騙されたと気づくものです。
だからって「努力なんて一時的な結果は出せても夢をかなえられるほど甘くはない」そう教えるのも違う気はします。
それはほんの数パーセントの夢を実現できる子供の芽を摘み取ってしまう事にもなりますよね。
つまりはそんなごく一部の子供のために多くの子供にウソを教えているって捉えられると思いません?大多数の子供の犠牲は無視です。
子供の時には「キミはやればできる子だから」なんて言って騙して、夢を実現できず挫折した者のケアとかは重視していません。
「トロッコ問題」
よく言われるアレですが、すでに世間では答を出していたんです。一人の有能な人物を救う為に五人の凡人を犠牲にする事を選んでいたんですよね。
♪生まれた時から全ての疑問が答を出していた~♪(とらわれ)
「民主主義」
ざっくり言えば多数決。
マジョリティこそ正義。ごく一部の意見は抹殺される数の暴力。
なんなんでしょうね?この歪み。
とある芸人さんが言っていたお話ですが、彼が小学校卒業の日に担任の先生がこう言ったそうです。
「ここにいるほとんど全てのやつは不幸になる」
正しいかも・・・いえ正しいでしょうけど、道徳的にはどう?だって卒業して未来に夢を抱く子供に向かってですよ?
まぁ色々言ってきましたが、これはこれでしかたないんでしょうね。
やっぱりこれから重要になるのは、挫折した人のケアってことだと思います。
偽随筆 ・ 必要悪?
どことなくロシアっぽいと思いません?
こういうのを見ていると、やっぱり彼女は女優なんだなぁと思います。
YouTubeとか見ていると、在日ロシア人の方のYouTuberさんが痛々しいです・・・。
あなたたちは悪くない。生活を削ってまでウクライナに募金することもないんです。YouTubeで得た利益は戦争商売なんて言う人こそが偏っているだけなんですよ。
そんなでロシアの状況もかなり追い込まれてきています。中国がカギを握る存在になるんでしょうかねぇ・・・。
ロシアがデフォルトだとか言われだし、どうしたって経済危機は免れられないでしょう。戦争なんてどちらの損にしかならないのに。戦勝国が無条件で勝って終わるなんて奇跡みたいなもの。
それでも避けられないのも戦争、というのもわかりますが・・・。
YouTubeにお話を戻してですが「ピヨピーヨ速報」とか好きです ( ´艸`)
「速報」はタイトルだけで、むしろ昔のことばかりをやっていますが、一貫しているのは難しいことやややこしいことをざっくりと小学生でもわかるように解説するというスタイルです。
この小学生でもというところがポイントで、セリフとかが子供じみていてつい笑ってしまうんですよね。
ソ連の歴史とかおかしかったですよ。ピヨさんの決まり文句「国民がみんな平等なパラダイスみてぇな国を作りてぇ」からはじまって、スターリンの「みんなでぼくを崇拝しましょう」「暗殺されそうで怖ぇえよ~。怖ぇえヤツはどんどん処刑するぞぉ」
そうして奴隷のように働かされる国民といつ処刑されるかわからない幹部や民衆、スターリン本人も暗殺に怯える地獄のような国家ができ、「パラダイスみてぇな」とは正反対になってしまって。
そんなスターリンも病死して、後任になったフルシチョフが「スターリンとかアイツ、なんかもうクソだったよな。バーカバーカ、クソバーカ」とディスって世界を驚かせたとか (^ω^;) 本当に小学生向けなんです。
あと、「第一次世界大戦でボコボコにされたドイツにヒトラーが現れました。ヒトラーはドイツを復活させこう言いました『うおぁぁぁ、戦争してぇぇぇ』こうして始まったのが第二次世界大戦です」
ざっくり言えばそうなんですが、つい吹いてしまうんです。
アメリカの南北戦争も「うしっ!じゃ、戦争すっか、戦争、な!」で始めちゃったり。
何編かに分けて中国史を解説するのも「西にいるヤツうぜぇからボコすぞ」「この調子で北の移民もボコすぞ」で、とにかく争い争いの歴史なんですよね、中国史って。
日本史もご多分に漏れず、争い争い裏切り争い。
どこのどういった歴史を見ても戦争ばかりしてるのが人間です。
アインシュタイン博士は言いました「第三次世界大戦がいつになるのかはわたしにはわからない。ただ第四次世界大戦は棒と石で戦うであろう」
幸いそれはみんなが知っているようです。
核兵器が開発され、日本は世界唯一の被爆国となりました。広島の平和記念公園には「安らかにお眠りください 同じ過ちは繰り返しませんから」みたいな石碑があるそうで。
そうなんですよね、皮肉なことに人類を滅亡させるような兵器を開発してしまったために決定的な戦争には至っていないんです。
核兵器がなかったら、アメリカ勢力とパラダイスみてぇな勢力は衝突していたことでしょう。核所持していてもキューバ危機なんてこともあったのですから。
あの時、パラダイス国家のトップがフルシチョフではなくスターリンだったら・・・、おそロシア ( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル
プーチンさんが自棄になって死ならばもろともとばかりにボタンを押さないように願うばかりです・・・。
あ、
「ピヨピーヨ速報」のひとつでもあげておきますね。ここも着火点となりえる地区ですし、日本も対岸の火事では済まないですから。
字幕では「スターリン」って出てても「キ〇ガイ」と言いきっているとこでつい笑ってしまいます (^ω^;)
偽随筆 ・ 春は臭い
【南沙織 / 春の予感】
師匠・・・、昭和師匠から聴かされたのはライターの尾崎亜美さん自身が歌う方でした。
その後、You tubeで南沙織さんVerを知りました。途中で終わっていましたが、その動画も意味不明な8ミリフィルムで、それでいて妙に曲に似合っていて・・・。
あれ以来、南沙織さんVerの方が春の気だるさを感じられて好きになりました。アレンジのせいでしょうか?
今回、フルに収まっているものがありましたが、あの動画で紹介したかったです (;´Д⊂) コノオンナノヒトコワイ・・・
暖かくなったり、まだ少し冷えたり。体調を崩しやすい時期ですよね。皆様はどうお過ごしでしょうか?
冬の間は空気が張り詰めた感じですが春になると緩んできます。
すると様々なニオイがしてきます、冬には感じなかった。
春は臭い、色んなニオイが混ざるから。そんなところからも春を感じるのですよ。
・・・まぁ、それだけのお話ですが、それだけで終わってしまうのもなー。たまにしか書かないんだし。
タイトル詐欺になってしまいますが、ちょっと今日あったことでも・・・、悪口なんですけどね (^ω^;)
バイト帰り、21:00頃は車の中です。いつもFMをかけっぱなしにしています。
FM愛知は70~90年代の曲、特に80年代のものばかりかけるのはなぜでしょう?わたしにとっては嬉しいのですけど。昭和師匠を思い出すなぁ。。。
それで、21:00に曜日ごとパーソナリティが違う、まあよくあるスタイルなのですがそういう30分番組があるんですよ。
水曜は某女性ミュージシャンの方が担当しているのですが、これがもう・・・。毎週自分語りばかりしているんです。お悩み相談のお便りも自分の話にすり替えて相談解決って感じじゃないんですよね。
そもそも読まれるお便りは、その方をものすごく手放しで賞賛するものばかり、つまりはそういうおハガキばかりが採用されるのです。そうして自らも自画自賛ばっかり。
声質や話し方も品がありません。
他の曜日の方は違うんですよ。安田レイさんとかは映画音楽のお話が多かったりそういう音楽をかけて最後にご自身の曲を、って感じだったりします。
なのに某ミュージシャンの方は自分の曲しかかけません。「いやー、素晴らしい曲ですね、天才ですね」とか言いながら、冗談っぽさを感じなくて。
「今日はスペシャルゲストと電話がつながっています!」・・・それが自分のお父さんだったこともありました。・・・スペシャル???なんかずっとご家庭のお話なんかしていて、とても公共の電波で流すような内容ではありませんでしたよ。
自己肯定力が強すぎる方って苦手です。
そう思っても評価するのは回りだから黙っているのが日本人のメンタリティーでしょう?
頭の悪い人は自分の価値観でものを言うから、なんてひろゆきさんに言われそうですが。
わたしには特に心を許しているお友達が三人います。同居人のお二人とばっちい相方だった人です。
共通しているのは決して自己評価が高くはない人たちばかりなんですよね。コープランドさんみたいな方ですら実はコンプレックスが強い人だったりします。
わたしから見たら三人とも優しくて人として尊敬してしまいたくなる方たちなんですけど。エッチだけどね、みんな ( ̄▽ ̄|||)
春は臭いです。
今日、先に言ったFM番組、またこの調子なの!って我慢できずに切ってしまいました。「臭っ!臭っ!」
他の方の番組にその人がゲストで出演しているのなら自分語りもわかります。自分の番組で自分を褒めて、自らを賞賛するおハガキしか読まず、自分の曲ばかり流して・・・、放送事故ですよもう毎週 (・`ω´・)ノ
根本的に合わない人っているんですよ・・・ ( ̄、 ̄*)
日記 ・ されどそれも日常
【真島昌利 / ロマンス】
「楽しい思い出が死んだとか そんな事じゃなく ただ時間だけが死んでゆく」
彼がボブ・ディラン氏と同じくらい世界的知名度があったら、やはりノーベル文学賞を受賞していたことでしょう。
今年も終わろうとしています。
なのに、というか関係なく、腹立ってまんねん ( ̄▽ ̄|||) アノヒトノエイキョウガ・・・
以前「ロマンスの神様」の歌詞をケチョンケチョンに言ったことがありました。あんな曲が売れたのは時代なのか、現代では杞憂することです。
今回も同じように、昭和の有名曲にケチをつけようって内容なのですが・・・。
竹内まりやさんの「元気を出して」。はい、恋愛や人生の応援ソングとして有名な曲で、現在でもFMでよく耳にします。
それまでは特になんとはなく、うんうんと聴いていましたよ、やっぱり元気づける歌詞として。でもあまり真剣には聞いていなかったんですね。だって、問題アリな部分をスルーしていましたから。
「少し痩せたその身体に似合う服を探して 街へとび出せばほら みんな振り返る」
・・・つまり、ぽっちゃり系、いえ標準体重以上の方にはあてはまらず、みんなが振り返るほどの美人さんに限る。そういうことですよね?
容姿上級者限定曲なんです。大多数の女性はうちひしがれてても知らないよって言われているみたい。
わたしたちで言えばコープランドさんくらいですね、あの曲があてはまるのは。わたしのような地味女や個性的な服を着たがる千明ちゃんは範囲外なのです。
そう思ったらもうムカムカ。そりゃあそんな人ならチャンスは何度でも訪れるでしょうし、人生は悪いものではないでしょう。
「わたしは〇〇(わたし)みたいな小さい身体に嫉妬するぞ。可愛げがあって、何か失敗しても許されるじゃないか」
コープランドさんはそう言います。お互いに無い物ねだりなんですよね。
そう、このチビな悔しさを理解してくれるのは・・・
「はい!『ロマンスの神様』の歌詞の日記はよく覚えていますが、全く同意です!
でも、世間では最低ソングとして有名みたいですよ、アレ。
長沢くんのあのセリフを少し改変して『キミは人の容姿をあれこれ言えるほど美人じゃないだろう?』なんて言われてますよ」
ですよねー。
「でも、『元気を出して』は〇〇さんだってあてはまるじゃないですか、少し痩せたとか着飾れば男性陣の目を惹く容貌とか」
この人はわたしたち三人をまとめてふって再婚したのにシャーシャーと (`・ω・´)
地味子をバカにしてる・・・。
負けを認めたら負けかなと思っている。なんて当たり前なことを言ってみる・・・。
人間、年齢を重ねたら図太くなります、回りの声なんて言わせておけってくらいになれたらたいしたものです。それはそれで問題ありそうですけど。
自分は自分で他人になれないし、わたし以外誰もわたしにはなれません。
人の行動や思考の立派さを見習うのは大事で、自分もそう近づけてゆくのは悪いことじゃないですけど、自分を否定しまくってしまうのは悪いことなんです。
せめて自分くらいは自分の味方になってあげないとかわいそうですよ。
それができなかったから病んでしまったんですけどね アッヒャッヒャ!ヽ(゚∀゚)ノ
偽随筆 ・ 言葉の変遷
わたしたちの頃には、もうこのローラーは学校で「コンダラ」と呼ばれていました。
最初からそういう名詞だと思っていたんです、どこかの国の外来語かと。
寒くなってまいりました。
お雑煮に一部からの定評があったわたしですが、一緒に暮らすようになるとバレてしまうものですね。ええ、はい。ずっと人様にお召し上がりになっていただく用に作っていました。
でも、わたし自身が好きなお雑煮はそうではありません、おダシは三日くらい使います。ドロドロになるまで。
実家でもね、言われていたんですよ「捨てなさい」って。でもわたしはそれが好きだから。
三人で暮らすようになってからも同じです。みんなが食べた後の汁でわたしだけのお雑煮を作ります。とにかくおモチを煮込みます。
「前世は魔女とかだな」と揶揄されてもぐつぐつ煮込みます。
あぁあ、そうだよ。ごらん、おモチが崩れて溶けだしただろ、こうなってからがおいしいのさ、イーヒッヒッヒッ。
色合いを見て、お水を足してしょっぱくならないようにする加減が難しいんですよね、ドロドロ感を残すように。
いきなり関係ないお話をしましたが、今回のテーマは前にも書いた気がしますが言葉の移り変わりです。
きっかけは「老若男女」って言葉あるじゃないですか。この言葉って文字では見かけますが、日常会話ではほぼ使わないですよね。
普段使わないのはやはり発音に問題があるからだと思うんですよね。言いにくいからかんだりしそうでみんな別の言葉を使うと思うんです。
なんなんですか、「ろうにゃくなんにょ」って。
「男女」を「なんにょ」はまだわからなくもないです。「長男、次男」とかで「なん」って使うから。・・・他で「なん」って使う言葉がすぐには思いつきませんが。「にょ」も「にょにん」とか「にょたい」とかで言いますね。
でも「だんじょ」でいいじゃないですか!だ・ん・じょ!
もっとわからないのは「老」はそのままでいいとして「にゃく」って。「じゃく」でしょ、普通。「じゃくねん」とか「じゃっかん」とか・・・。なぜ「じゃ」ではなく「にゃ」なんですか、猫になるんですか。
昔の人は普段でも「ろうにゃくなんにょ」って口にしていたのでしょうか?
そうだとしても、時代と共に言葉は変わってゆくものです。広辞苑だって更新されます。あ、改訂ですね。
誰か言語学者さんの重鎮が「これからは『ろうじゃくだんじょ』とする!だって言いにくいもんね」って言い出せばいいのに。
そうして思ったのですが、現代語がいつの時代まで通じるのでしょう?
江戸時代で現代語って、きっと日本語として認めてもらえないですよね。その先の時代はもう通じないとして、では通じるのは何年前くらいまで?なんて思ってしまったんですよ。
また、その年代では使われていた学生言葉が現代では残らなかったとか、たくさんあると思います。もちろん、その当時言い始めて現代でも使われる言葉もあり、それが日本語として認められ、広辞苑にも載るのです。
さらに通信がめざましく発達した現代では、より多くの言葉が作られ消えています。
そうですね、例えば以前あるマンガ家さんの昔書いた自己紹介文を見た時、冒頭で「漏れは~」なんて書いていたりして、あーやっちゃったなぁと思いましたよ。
発音した言葉は消えますが、残る媒体で新しい言葉は使わない方がいいです。学生さんは卒業文集なんて危険ですよ。
そうそう。確信犯って言葉も変なんですよ。
世間では「悪いことと知っていての行為」という使われ方をされますが、本来は「正しいことをしているつもりがそうではない」というものだそうです。
あまりに誤用されるから、どっちも正しい意味ということになっているそうです。
ひとつの言葉が正反対な二つの意味を持つって・・・ (;-"-)
そもそも言葉なんて同じ時代でも、緯度経度が少しズレれば変わるものです。
ちょっと離れた市に在住の方が「しとなっとる」とよく使って「?」と思ったのですが「成長している」という意味だと最近はっきりしました。
そんなものです。
青森や鹿児島の方が本気でお国言葉で話したらとても理解できないでしょう。
アメリカとかどうなんでしょうね?東部と西部ではそんなに違いはないと思いますが。
中国はわりとそのへんが違うみたいですね。
まあ、そんな広い国土ならわかりますが、日本のような狭い範囲で言葉が通じないっていかがなものでしょう?日本語ってスラングで成り立っているような気さえします。
単一民族なのに、世界的に珍しいのではないでしょうか?
言語学者さんも大変だー。
でも「ろうじゃくだんじょ」、これはどうかしてください!
偽随筆 ・ 旭川いじめ凍死自殺事件
【EGO-WRAPPIN' / 色彩のブルース】
お酒を飲む習慣はありませんが、そんな気分にさせる曲ですね。
今年も最終月になりました。
今年3月、一人の女子中学生が凍った状態で公園で発見されました。彼女は2月中旬から行方不明になり捜索願も出されていましたが、最悪な発見となりました。
そうしてこの事件、調べもしないで当初は事故として片付けられていたというから信じられません。
とてもとても闇の深い事件で、もしかしたらその全てを知る者はいないのかもしれません。
まず突破口を開けたのはやはり「文春」でした。
瞬く間に事件の背景にいじめがあったと拡散され、主犯者の実名・顔晒しまで2~3時間だった、と言われています。
いじめはいじめの域を超えて犯罪的であり、関わった人物の多さもわかってきました。
そこにはこの事件にYouTuberさんの力が大きく働いた事は確かです。中にははっきりと明言はしていませんが、自殺ではなく他殺という線で証拠集めをしている有力者の方もいます。
また、事件に対する隠蔽も明かされました。旭川市という地方都市、町の有力者に逆らっては生活できない、そんな背景が見えてきます。
学校、教育委員会、警察・・・。
旭川市では自殺という最悪な終わりは避けられましたが、かつてやはり中学校で犯罪的な強姦事件が2~3年間にもわたって起きた「前科」があります。当時とその体質は変わっていないと思われてもしかたありませんね。
被害者の方はおそらくPTSDでずっと苦しんで生きているのではないでしょうか・・・。
目の前が暗くなります。
また、事件に対しての署名活動(事件がうやむやな調査で終了した場合、正当な再調査を願うという目的など)もされており、目標は100万人という途方もない所にターゲットを絞っているようです。
もちろんわたしも署名を知った時に、その趣旨をよく見て署名しました。
わたしはこの事件で、あのコンクリ事件を思い出しました。
でもあの時とは違う!わたしたちはネットという個人の声を世間に届かせる術を手に入れました。
町が隠蔽するのを阻止しようと全国からの動きがあり、地上波のニュースでも取り上げられるようになり、時間の風化で隠蔽しようという事は難しくなりました。
そうですね、このあたりをわたしが語ると、とっても長くなってしまいそうです。
加害者が擁護され、学校側の証言や加害者のインタビューは目がくらむほどの怒りを覚えますから。
「1人の被害者の未来と10人加害者の未来」という有名なおバカ発言ですが、一人の被害者の未来の方が大切に決まっているでしょう?10人の加害者の未来は100人の被害者を生む可能性があります。
それはコンクリ事件である程度立証されています。
真面目な取り組みは有力なYouTuberさんにお任せするとして、わたしが常々考えている事でもお話しましょうか。
いじめ事件で自殺に追いやった人物なんて根が腐っています。中学生にもなればやっていい事と悪い事の区別がつかなかったなんて言わせません。
筒井先生のエッセイにヒントを得て、そういう事件の加害者は顔の真ん中に赤い縦線をタトゥーとして入れて生きてゆけばいいんです。死刑にはしませんから人道的じゃありません?
主犯格ほど線を太く目立つように、小さな関わりでもよく見ると赤い線が入るように。例えばこの事件で言えばウッペツ川に飛び込めとはやし立てた多数の人物ですね。
そんな顔に赤い線を入れた大人を見て、子供はそれでもいじめなんてするんでしょうかね?
社会的生命を断たれたようなものです、死刑にはならなくても。
子供を被害者にだけならないようにではなく、加害者にもならないようにするのが大人の務めだと思います。
最後に加藤秀視さんによる署名活動のリンクを貼っておきます。