ドアが開くまで (かえでシリーズより)





「こんな店、二度と来てやらない!きぃっ!」
中年婦人が金きり声をあげる。
「…どうしたんだろう」
小学生の少女が不安そうにつぶやく。
「…………………」
女子高生は黙ったまま。



とあるデパートのエレベーターに3人が閉じ込められてから10分ほど経っていた。
外部との連絡用インターフォンも5分ほど前に
「すぐに対処します。しばらくお待ちください」
と言ったきり応答がない。


「客を何だと思ってるのかしら!こういう時はまずマメに連絡をとって不安にさせないようにするのが肝心じゃないの!」
ヒステリックに罵る婦人だが、一応的は得ている。
「あー!イライラする!」
一人で騒ぎ立てる婦人は、露骨なまでの偽ブランドバッグからタバコを出すとふかしはじめた。
少女がそんな様子をモノ言いたげに見るが、婦人の怖い顔に圧倒され、何も言えないでいた。
チラと少女は女子高生に目をやる。しかし彼女は壁に背をもたれかけ腕組みをしたままだ。
往復する少女の視線に気づいた婦人が睨みつける。鼻からケムリが出た。
「なによ!このガキ、文句あるの!イラつかせる店員に文句言いなさいよ!」
「でも…、火事になっちゃうかも…」
「なるわけないでしょ!」
狭い密室に甲高い声が響くと、少女はそれっきり黙って俯いてしまう。


換気扇も止まっているらしく、ケムリが充満してくると「クソッ!」っと口汚く吐き捨て、4本目のタバコを床に落とし、憎々しげに踏みつけた。
室内は婦人のキツすぎる香水とタバコの臭いでむせかえりそうなほどだ。
「げほげほっ!空気が腐りそう!」
臭いを発散している本人が愚痴りだす。
「3人もいるからよ!このエレベーターには、わたしが一番初めに乗り込んだんですからねっ!」
相変わらず無反応な女子高校生と俯いたままの少女。最後に駆け込むように乗り込んだのは少女であった。
「子供がナマイキに一人でこんなとこに何しに来たのっ?」
八つ当たりするかのように、俯いたままの少女に苛立ち責め立てる。
「答えなさい!アナタの家はどういう教育してるの!大人が聞いてるのよ!」
びくっとした少女は慌てて顔を上げると
「あ、あぅ…、おか、あの、おかあさんのお誕生日に…、エプロンをプレゼントしようと思って…」
「フン!そのお金だって、どーせ元は親から出てるクセに!エラソーに『おかぁーひゃんに、ぷえじぇんとを』」
下唇をくいっと突き出して大袈裟に真似る婦人。
うろたえる少女は助けを求めるかのように女子高生に視線を向けるが、やはり関心なさげに腕組みしたまま目を合わせようともしない。
「こっちを見なさい!話す人の目を見るっ!一体どういう教育を受けてるの!」
怯えた少女の顔色はしだいに色を失ってゆく。


口やかましく八つ当たりをする婦人の説教が続いたかと思うと、とたんに照明が消えた。
密室は闇に包まれる。
「やぁ!怖い!!」
「何よなによ何よ!きいいいい!」
「?」
室内が少し揺れたのは、少女が咄嗟に体当たりをしたからだった。
「怖い怖い怖い!!!」
暗所恐怖症。少女には病的にまで暗闇を怖がるところがあった。
「やだぁ!!!出して!!ここから出して!!」
「うるさーい!!!騒ぐんじゃなーい!!!」
婦人がけたたましく負けない大声で制するが、少女は泣き叫び続け悲鳴をあげた。
「いやだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「黙れ!このガキ!コロスぞ!!!」
「助けて!怖いこわい!!」
「黙れというのがわからんのかぁ!!!どこだ!ガキはどこだ!」
「………」
暗闇で二人が騒ぐ中、女子高生だけは沈黙を通している。
「あ…、あ、明かりを…。明かりつけ…て…」
呼吸が乱れ、声も絞り出すようなかすかな呟きになっていた。
「お?なんだ、このガキ?」
喉をヒューヒューと鳴らせ、助けを求める声を途切れながらも発している。


明かりが点灯した。照明が消えていたのはほんの短い間だった。
「明かり…。明かりが…」
少女は汗びっしょりで、酷い顔色だった。
そして、その足の下には婦人が興奮して落した、偽ブランドバックがあった。
「ぎゃっ!このガキ!!」
踏まれたバックを手荒に取り上げると少女はよろけて転んだ。
バックには印刷されたかのように、ペッタリと足跡が貼りついていた。
「アナタの家は、もおぉぉぉぉお!どういう教育を!信じられないわあっ!」
「す…、すみません、…ごめんなさい」
小刻みに震えたまま少女は頭を何度も下げた。
「甘やかされてるからこんな非常識なことするのよ!わたしが教育してあげます!」
婦人が少女の髪を掴まえ引っぱり上げると、インターフォンから応答があった。
「ご迷惑おかけしました!復旧しましたので、ただちにドアを開きます」
「ナニッ!早く早く早く!」
少女をポイッと放り出すと扉の隙間に指先を入れ、力ずくで開こうとした。
「痛っ!爪が割れたじゃないのさ!」
少しエレベーターが沈み込むように揺れると、重く閉ざされていた扉がスーっと開いた。新鮮な外の空気が入り込む。
「っしゃぁ!!!」
我先にと外へ飛び出そうとする婦人。
その背中を力任せに蹴り倒す女子高生。
前のめりに転び、2〜3回転フロアーを転がりラクダ色のズロースのような下着が丸出しになった。
「なっ……、なななななななななななななな!」
婦人を見下したまま、初めて女子高生が口を開いた。
「わたし、人を蹴っちゃいけないってキョーイクは受けてないものですから」
口を開けたままわなわな震えている婦人をよそに、少女に向き直りると
「…あなた、よくがんばったわ。…服、びっしょりね、風邪ひくわ。これに着替えて早く家に帰りなさい」
と、さきほど買ったパーカーとTシャツの入った紙袋を少女に渡した。
「ききいいいい!この不良娘!名前をおっしゃい!どこの学校!お答えなさい!きぃっ!」
「西高3B、篠原かえで。休みは家の喫茶店『ガーネット』で手伝いしてるわ。これでいい?」
「ひぃぃ、しゃーしゃーと!訴えてやる!探し出して、訴えてやるから覚悟しなさい!ムッキー!!!」




「今日はヒマだねー。お客わたしらだけの貸切だよ」
「桜はともかく、美咲ってお客だっけ?」
「あー、かえで、また桜をヒイキしる〜。ひぃ〜ん」
「美咲ちゃん、わかってあげなよ。かえでちゃんはツンデレなんだから」
カランカラン……
「あ、いらっしゃいま…」
少女が一人立っている。
「えっと…、あのあの…。わたし、花京院萌絵といいます。先日はありがとうございました!」
「…えっ?えっ?何なに、このキュートな小学生!かえで、アンタの知り合い?」
ふっとかえでの表情が緩み、やわらかい笑顔がこぼれた。
「……そぅ、わざわざ来てくれたのね。いらっしゃい」
「わたし、おねえさんにお礼も言えなくて…。お店の名前は覚えていたからすぐにわかりました」
かえでがカウンターから出て萌絵に歩み寄った。
「いらっしゃいませ、どうぞ」
「ぉお?なんか知んないけど感動の再会みたいだぞ」
美咲が二人を交互に見る。
「ねえねえ、ここ一番いい席だよ。ここに座るといいよ。美咲ちゃん、どいて」
「ぅおっ」
桜が美咲を押しのけた。


だぶだぶのパーカーを着た萌絵は、深々とおじぎをすると明るい笑顔を見せた。





*「花京院萌絵」は、盟友Qさんの持ちキャラクターです。
ゲスト参加させていただきました。