願い事ひとつだけ





「あー、しんど」
目の前に見たこともないオヤジが現われ、座り込んだかと思ったらその場に寝転がった。
「おい…、おっさん」
「なんや?」
「…何者だよ?」
「ワシかい。妖精っちゅうやっちゃな、お前らの言うところの」
まぁ、確かに身の丈は指ほどの大きさだが。
「フザケるなよ。オレはアル中じゃねぇぞ」
「わけわからんわ」
「いや、だから何なんだよ!ステテコで人ん家に来てテーブルに上がりこんで!」
オヤジはガバッと起き上がり、座り直した。
「なんやねん、さっきから!帰るぞワシ」
「あぁ、そうしてくれ。オレも見なかった事にするから」
こんな状況、誰が受け入れられるもんか。
「ほぅか。なら、それでもええわ。…なんやねん、願い事叶えたろ思うて来たったのに」
夢…、だよな。うん。
いやそりゃ、さっきまで起きてたけど、急に寝てしまったんだよな?
「ほな、行くわ」
「あ……。ちょっとご主人、もう少し考えさせてもらえますか?」
「お前なんやねん!」
「いや、だから急にこんな事、理解できないだろ」
夢だよ。でも、夢だけど現実との境がないから珍しいだけであって。
うんうん、そうだよ。
時間だってほら、もうすぐ夜明けだし。急にコテンと眠ってしまったんだよな。
「どないせぇっちゅうや」
「う〜ん…。え〜っと、そうだね、だからおもしろい夢だから…」
「夢?なんや、現実やない思うとったんか?」
「そりゃそうだろ。こんな事、素直に認められるわけないじゃん」
オヤジは立ち上がりかけたのを止め、また腰を落ち着けた。
「まぁ、そやろなぁ」
あぐらをかき、身をのり出すと顔をつきつけるような素振りで、イタズラじみた笑顔を見せた。
「やっぱアレかい。ワシみたいなの見るのは初めてかいな?」
「当たり前だろ」
「あ〜、そら無理もなかったかもなぁ。スマンかった」
意外に素直なオヤジだな。
よし!オレもここは素直になってみせようではないか。


「ええか、ひとつだけやで、叶えんのは」
「そのひとつの願いが『願いを三つにして下さい』ってのは、やっぱしダメ?」
「当たり前や。ルール違反やがな」
あ〜、こんな事なら普段考えておけばよかったよ…。
「もうすぐ夜明けや。制限時間はそれまでやからな」
「ちょっ!そんなのアリかよ!」
「しゃあないやん、お日ぃさん出たらワシ消えてまうんやから」
「もっと早く来てくれよ!」
「ん〜…。ツイてへんかったんかなぁ。…いや、でもこうして来たったんやから、やっぱツイとるで」
「何が基準で現われるんだよ」
「ワシの気まぐれや」
ナメやがって…。
「そんな事より早よせなアカンと違うんか?時間ないで」
それもそうだ。いちいちここで文句や疑問を言っている暇はない。
………やっぱとりあえず金、か?
「まぁ、銭とかやったら無難やけどな」
読まれてる!癪だな、それも。
「まだ言ってないだろ」
「早よしぃや。明るぅなったら消えるで〜」
むむむむむむむむ、む。


「♪願い事ひとつだけ〜 叶えてくれるなら〜♪かぁ?」
「妖精が俗なアニソン歌うなよ!」
そうだよ、金があったからって幸せになれるとは限らない。人生を狂わす事だってあり得るぞ。俗な考えだ、それは。
『幸せになれますように』…。これかな?
いやいやいや、傍目には幸せでも、自分がそう感じなきゃ意味ないよな。
『自分が幸せと感じる人生を』?
ん〜……。先日にテレビで見た、頭がイカレちゃって独房に入れられて新聞紙をひたすら楽しそうに破っていた人。あれは本人にとっては『幸せ』なんだろうな。そんなんじゃダメだ。
コイツらは言葉尻をとらえて、ひねくれた叶え方しそうだしな。よくあるパターンだ。
「焼酎飲みたいわ」
「おっさんが願ってどうするんだよ!」
「言うただけやん。そうカリカリせんでもええがな」
「するよ!だって時間が…」
「せやろ?だったら早よせな」
ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……。
『かわいい彼女』…。いや、できても別れたらオワリだ。
それじゃ結婚か?
いやそれもダメ。早死にさせそうだぞ、コイツ。
そうか!不老不死!
………?いいのか、それ?なんか微妙な感じがするな。


「外、鳥が鳴きだしたで」
「わわ、わかってるよ」
えぇい!やっぱり、癪だけど金があれば万能な気がしてきた。
…金・金・金。何か落とし穴があるぞ。だって普通は人間それだろ?当然それを逆手に取った叶え方をするはずだ。明らかに『金』はトラップだ!
大金は手にした。けどそれは銀行から盗んだ金で…、とか。
「あ〜、なんか、ワシ薄くなってきたわ」
「ちょっとー!なんでもっと真夜中とかに来てくれなかったの!」
「だから、気まぐれや言うたやん。そこは兄ちゃん、諦めな」
ヤバいぞ!本当に空が白んできた!
焦っちゃダメだけど、これが焦らずにいられるか!
「一個くらい早々と決めれんもんかなぁー?」
「ひとつだから困ってるんだよ!」
「難儀やなぁ。ぉお?透き通ってきよったわ」
ヤバい!ヤバいヤバい!
「あーもー!!!ちくしょう、明けるな!真夜中に戻ってくれ!」
とたんに窓の外は真っ暗になっちまった。
「…こいでええな。ちゃんと叶えたったで」
「ちょまーっ!!!そんなの反則だろ!」
「何がいな。自分、言うたやん。ほな帰るで。おぉ、ワシもクッキリしとるわ」
「そんなオチで納得いくか!何のひねりもないだろ!」
「なんや『ひねり』って?ワシ、素直に従ったやん」
「いや、だから話としてだよ!」
「知らんがな!わけわからん事ゆーな!」
「撤回しろ、撤回!元に戻せ!」
と、また白んだ空に戻った。
「ホンマ、かなわんわ。二個も叶えてもうたやん」
「って!違ーう!」
「どないせぇっちゅうねん!…あ、アカンわ消え」
オヤジは音もなくスッと消えてしまいやがった。



…………。
そうだよ。『この事は記憶から消してくれ』
これだったんだ…、あの状況での最善の願いは。
「いずれにせよ、何のひねりもなかったか…」
独り言をつぶやくと、普通の朝がやってきた。