「ドラゴン・ソネット(第4章‐12話)〜最終話〜」




*「いきなり最終回」モノです。これ以前の話はありません。



「そんな…!まさか」
アリアは愕然としている。タクトは油断なく剣を構えた。
闇の中から聞こえる声の主はあまりに意外なものであった。
「魔獣の統括者・・・、首領が魔獣とは限らないわ」
玉座に見えていたシルエットが立ちあがり、ゆっくりと暗闇から姿を現した。
黒いマントを羽織ったその姿は、やはり魔獣のそれではなかった。
「よくここまで辿り着いたものね」
「人間…、か」
「でも角があるわ」
「…………」
黙す。


「…わたしの名はカノン。反逆魔獣達の頂点に君臨する」
挨拶代わりにナイフが投げられた。

キンッ!!!

剣で弾きながらタクトが問う。
「説明してもらおうか、なぜ魔獣を操り世界を」
「操る?わたしにそのような能力はない」
数本のナイフが次々と投げつけられる。
傍目には命中しているように見えるが、それは二人を透かして抜けるように空を切る。
「ふふふっ、攻撃態勢を崩さずかわすのね。いつの間にそんなに素早さが身に付いたのかしら、たいしたレベルアップね」
「聞いているのはこっちだ!答えろ!」
返答の代わりに、広げたマントから放たれる百ものナイフ。


「答ないなら吐かせるまでだ」
さすがに全ては避けきれなかったが、カスリ傷程度にすぎないダメージだ。
二人はカノンの挨拶だと思った。
「組織には統括者が必要。でもそれが組織最大実力者とは限らない」
「どういう意味よ?」
青木ヶ原の巨大竜…」
「ブルー・ウッド・ザ・フィールドのサラマンダーか。ヤツには仲間が5人喰われた」
「はぁ?」
アリアが口をはさんだ。
「あれは、ジルバの『ペンタ・フィードバック』をセロ達が…」
「見事に5人で自滅して封印したようね」
タクトがアリアに耳打ちする。
(倒されたのは同じだ。それに『喰われた』方がそれらしいだろ)
「この城の門番・・・ロックゴーレムも相打ちね」
「…あぁ、タンゴの捨て身の攻撃でな。タンゴは石化して崩れちまった」
「いや、それも違うし。タンゴは逃げ回ってて」
(細かいことはいいだろ。ラスボスの前だぜ)
「サラマンダーが真のラスボスよ。わたしは…」
少し言葉を選んでいるようだ。
「守護神ね」
「ならば影のボス、ってところだな」
「あ、待って待って。……ご神体かしら?」
偶像崇拝かよ?なんだ、オマエは仏像か?」
「魔獣達にはその方が都合がよかった。サラマンダーが統括者では、王座を狙う魔獣はかなわないから。いつでも組織の首領に自分が収まることができるように仕組まれていた。サラマンダーも玉座で退屈にしているより戦うことを好んだ」
「ちょっと待ってよ!それじゃ、あの巨大竜を倒したところで終わっていたってこと!」
「そうとも言うかもしれないわ」
8人のパーティーはあの戦いで3人になってしまった。サラマンダーとは8人集結した中盤での遭遇だった。
しかしその後、カノンの言う通りサラマンダーを越えるような強敵が現れなかったのは確かだ。
「…タンゴは犬死にだったのか」
「ふふっ。そうでもないわ、こうしてあなた達二人がここに辿り着いたのだから」
「う〜ん、アイツは別に何もして…。いや!クソー!よくもタンゴを!!!」
今にも攻撃しようとするタクトをアリアが制した。
「ここは抑えて!カノンだって伊達に首領に治まってるじゃないはずよ」
カノンは不敵に微笑む。
「何がおかしいの!」
アリアがファイアー・ボールを数弾放つ。
カノンはマントでそれをかわしたかと思ったが、マントは燃え上がった。
すかさずマントを脱ぎ捨てる。
「そのマントは燃えると有毒ガスを発する」
「!!!」
「ブリザード!!!」
『ペンタ・フィードバック』で戦死した一人、スコアの技をいつしか習得していた。
あっという間に鎮火。
「貴様は毒ガスごときは平気ということか」
「いえ、あのままではわたしもガス中毒でやられていたわ。着ていたら焼け死ぬでしょ?あなたが消火すると思って脱ぎ捨てた。」
「ナメやがって」
不敵に微笑むカノンの戦闘力がわからない。
「……ナイフ攻撃は無駄とわかったみたいね」
「ナイフなら、全部使い尽くした」
じれたタクトが剣を構えた。
「アリア!限界だ!オレが倒されたら、その隙を逃すなよ!」
「タクト!!!」
「いくぞぉぉぉぉ!!!」
不用意にわざと攻撃を食らって、カノンの能力を測ろうとする捨て身の戦術。
が、カノンは慌てて身をかわし、長すぎる衣装の裾を踏みつけて転んだ。
角が片方とれた。
「ぃやあああああああああ!!!!」
「????」
「コレがないと、わたしの顔立ちは特徴がなくなるのよ!」
意外な弱点だ。
「生えていたんじゃなかったのね。もう一方もとれかかってるけど…。あ、落ちた」

「…くっ。こ…、これで組織は壊滅よ…」
カノンは戦意を喪失し、ガックリと両手を床につけた。
「荒くれ魔獣を…統率するには…シンボル、そのような存在が必要だった…。それが…わたし。ううっ…!」
(何、弱ってんだ?)



城を後にすると落城しながら燃えあがってゆく。
「…なぁ、石造りの城ってよく燃えるんだな」
「ハリボテだったのかしら?」


歩く傍らの草原の一部からケムリがあがっている。
そこからカノンが咳きこみながら這い出てきた。
「ゲホゲホゲホゲホ!!!」
「あ…、さっきの平凡な顔のヤツ」
「アンタ、生きてたの」
「鍵がたくさんありすぎて…。ゲホゲホ!!どれが非常口のかわからなくなって…。死ぬかと思ったわ」
「…まぁいいや。とっとと帰ろうぜ」
「ちょっと!か弱い女性を放って行くの!わたしも連れていってよ!」
「だってカノン、一応敵だったし」
「そうそう。それにまだ能力の底だって見せてないんだから油断できないわ」
「見せたでしょ!ナイフ投げ」
二人は顔を見合わせた。
「あれだけ?」
「悪い?」



「だから、元はただの大道芸人よ」
「なんで魔獣の首領に?」
「知らないわよ。さらわれて、なんかそうなってしまったんだから。あの強そうな角つけられて玉座に座らされたら、わたしもそんな気分になって…」
「それじゃ一体これまでの戦いは何だったの!どれだけの犠牲者が!」
「…魔獣側にいたわたしに言わせてもらえば、それはこっちも同じよ」
「なるほど…、オレ達は魔獣仲間の仇だったわけだ」

夕日に照らされた、長い影が三つ。
「利害だとか、領土だとか…、権力争いなんてそんな引き合いはもちろん、大戦なんて言葉ひとつでも起きたりするものよ」
そう言うカノンにアリアも同意する。
「…そうね。『なんかキモい』…、それだけで争うものかもしれないわ」
「人間は…、戦いたいんだろうな、本当は」
タクトが重い口調で言葉を返すと、アリアは少し呆れたように言う。
「魔獣と変わらないのね」
「そんな中で戦いの空気に酔ってしまったりする者もいるのよ、わたしのように」
自らの軽率さを自嘲するようなカノンに対し、タクトがバカにしたように吐き捨てる。
「あんな飾り角つけたくらいでな」
「何よ!アンタだってみんなに『勇者ー、勇者ー』って言われてそんな気になってたんでしょう?」
「…う、うるせえよ」



にわかに世界に平和が戻った。
それでもまた、繰り返すだろう。
タクト、アリア、カノンの3人はそれを知っていた。



その後、『伝説の勇者』の行方は知られることなく、時間の堆積にかき消されていった。
次なる大戦が勃発するまで…。



― 完 ―