れきりま 1 (不死身な男)





レイとキースが談話室入口のドアまで来ると、メイアのヒステリックな声が聞こえてきた。
二人は顔を見合わせ、ドアを開ける。


生徒たちが賑わう中、案の定リッチャーがメイアに絡んでいた。
「しつこーい!勝手に決め付けないでって言ってるでしょ!」
「ふっ、無駄さ。ぼく達は将来を約束されているんだからね」
メイアはキースの姿を捉え、瞬時に顔色を変えた。
「いいかげんに聞き飽きたってのが、わからないの!」
リッチャーに平手打ちを振るおうとしたが、「ニッ」と笑うとリッチャーはわざわざ紙一重で首だけで、素早くそれをかわした。
『ベキッ!』
避けた横の本棚に側頭部を強打。
「☆@☆@☆@☆@!!!」
そのままゆっくりと丸くうずくまるリッチャーを見て、溜飲を下げたメイアはそこを後にした。


「リッチ君、大丈夫?」
レイとキースが近づく。
「あんな避け方はないな。見切っていたのなら普通に身体を後ろに引けばいいだろう…」
そ〜っと顔を上げるリッチャーは、二人を見上げた。
「……出てる?」
『何がだよ!何も出てねぇよ!』


濡れタオルでタンコブを冷やすリッチャーにレイが素朴な質問をする。
「メイアは本当に君と婚約しているの?」
「それはもう決定していることだ!」
リッチャーはムキになって答えた。
「でも、メイア…、いつもあんなだけど、大丈夫なのかなぁ…」
「何が言いたい、ナ・ニ・ガ!」
「メイアは嫌ってるようにしか見えないって事だ」
キースがバッサリと言い放った。
「そそそそそそ、そんな事あるはずないだろう!あれは…、照れ隠しさ」
キースは軽くため息をつき、レイは困ったように苦笑混じりだ。
リッチャーはここで引くわけにはいかなかったのだろう。
「よーし、わかった!!そんなに疑うんなら、ちょっとここで見てろよ」
リッチャーは濡れタオルをテーブルに置き立ち上がると、懲りもせずに部屋の窓際にいるメイアの所まで歩み寄って行った。


馴れ馴れしくメイアの肩に手を置き、二言三言何かを話しているようだ。
とたんに今度こそ往復ビンタ、会心の一撃を食った。
「痛っ!」
レイが声をあげた。
「アイツ、何を言ったんだ?」
キースも呆れる。


なぜか普通にスタスタとリッチャーが戻って来て、二人の横に腰を落ち着けた。
「ふぅ…、な?見てただろ」
堂々としながらも、腕組みしながら濡れタオルで頬を冷やす。
「『な?』って…君、ぶたれていたよね…」
「いや、だからさ、女性は好きな男にはいつも冷たいものだって事を証明したんだよ」
キースが驚嘆する。
『こ…、この男の自尊心は不死身か!』
「女の子に優しくされているうちはまだまだだね」
レイは愕然とした。
「ええっ!そうなの!」
「ほら、好きな男の子に取り入るにはまずその友達と仲良くなって気を引いたりするもんだろ?」
リッチャーはわけのわからない話を、鼻の穴全開で熱弁をふるい出した。
「キリストは右の頬を打たれたら、左の頬を差し出してだねぇ!そうしてぼくは寛大な心で」
慌ててレイが訊ねる。
「じゃぁ、あれがいつも君のいう愛情表現なの?」
「そうさ!わかってるじゃないか。叩かれもしないようじゃ本当に好かれてるだなんて言えないね!」
誇り高き戦士、キースは『自分が持っていないものをこの男は持っている…』と妙なところで感心していた。
一方、レイは黙り込んでしまっていた。




―カッッ!!!―
メイアの閃光弾が放たれると群れをなして迫って来たリザードの戦闘隊形が乱れた。
「今だっ!」
レイの合図でキースが次々と斬りかかる。閃光で眩んだリザードは反撃することもできない。
遠ざかるリザードには追い討ちをかけるように、メイアが電光を命中させる。
少数のリザードの群れはあっという間に壊滅した、かに見えた。
「メイアさん!後ろにまだ!」
マナが叫んだ。
「レイ!」
キースが声をかけた時にはすでにレイはリザードの後ろを取って飛んでいた。
「やあぁぁぁぁぁ!」
「ギシャー!!!」
剣がリザードの首を貫く。


「メイアの攻撃は正面の敵には強力だけど、後ろからの敵には隙ができてしまうんだ」
レイがリザードから剣を引き抜いた。
「後ろからの攻撃はリザードの視線がどこを見ているかわからないだろ?頭がどっちに向くかわからないから、かわされやすいんだ。だから首を狙う。頭を外して、肩に剣が刺さってしまったら抜けなくなってしまう事もあるからね」
剣の血振りをしながら、メイアに話した。
「…フン。そのうち後ろの敵にも有効な技くらいあみ出してみせるわ!」
プイとメイアが背を向けた。
「うん。それまではキースとぼくでフォローしようってキースが決めたから、技の完成を待っているよ」
メイアの心臓か一瞬にして高鳴った。
『キ…、キースが!』
「……ま、まぁ、今日のところは借りができたようね。で、でもいい気にならないで、すぐに返すつもりだから!」
メイアは精一杯の虚勢を張った。


帰り道、レイは何か思いつめているようだった。
「レイ様、どこかお怪我でも?」
マナが労わるように顔色を伺った。
「いや、なんでもないよ…」
そう言いながらも、レイは考え込むように唸りながら歩いた。
「何か悩んでいることがあるのなら、わたしでよければ…」
「あ、ありがとう…。でも、本当に何でもないんだ」
レイの思考と表情は直結しているらしく、いくら取り繕っても表に丸出しになってしまっていた。


学園に戻ると門で待つガイン教官がいた。
「レイ、メイア、マナ、キース。無事任務を終了させ帰還しました」
キースが代表して報告する。
「む…。47分か。貴様らにしては上出来だったな。ご苦労」
「たまたま発見が早かっただけです」
「そうか?…が、それも実力だ。そういった『勘』ってヤツだけは場数を踏むしかないからな」


珍しく褒めるガイン教官とキースをよそに、突然レイが意を決したかのようにマナに向き直って言った。
「マナ!ぼくをぶってくれないか!」
あまりの頼みにマナは息を呑み絶句した。
「ぼくは…、ぼくは…、確かめたいことがあるんだ!」
「そんな事!このわたしができると思っているのですか!」
「できない…、かい?やっぱり…」
「答はひとつしかありませんわ」
レイは肩を落とし、その場にしゃがみこんでしまった。
「レイ様…。一体何があったのです?」
「いいんだ…。ぼくは…」
何かを察したかのように、メイアが二人に割って入った。
「はいはい。そこまで!…レイ、マナを借りるわよ」
返事を待たずメイアはレイを気にしながら振り向くマナの手を引いてその場から足早に離れた。


「レイ、戻るぞ。…ん、なんだその顔色は?」
死人のように土色になっているレイの首根っこを掴んでキースが引き摺ってゆく。
「あの…、キース君、苦しいんですけど?」




「はい、あと30秒〜」
レイとキースが歩く廊下、曲がり角の向こうからメイアの声がする。
『またか?』
とばかりに二人は顔を見合わせ、そっと角から様子を伺った。
メイア、マナと向かい合うようにして、土下座しているリッチャーがいた。
「こら、床に頭がついてなーい」
メイアは容赦ない。
「くぅ…、なんて屈辱。クドイ家のエリートが、なぜこんなことを」
「もうレイ様におかしな事を吹き込まないでください!」
マナもらしくなく、語気を荒げている。
「なにを!ぼくはメイアに言われてしかたなくこんな事をしてるんだ!どうして君が!」
ガバッっとリッチャーが顔を上げると、おでこに「ケジメ」と大きく書かれ、他にも顔中に「ごめんなさい」「もうしません」「反省」、渦巻きやチューリップや魚の絵などが落書きされていた。
思わず、笑い声を漏らしそうになるレイとキースだが、
「なんかぼくの事でモメてるみたいだよ。止めなきゃ」
とレイが踏み出そうとするのをキースが制する。
「そうだな。だからレイがここで口をはさむと、かえってややこしくなる。そっとしておくんだ」


「あ…、この方、また床から頭を上げましたわ」
「はい!『男のケジメ、リッチャー・クドイの1分間土下座』初めからやり直しー」
「もういいだろ!メイアはそんなにぼくが憎いのかい?」
「まだわかってないの?わたしに謝るんじゃなくて、マナに謝りなさい!」
「くっ……。こんな所誰かに見られたら…」
「だったら早く済ませることね」
しぶしぶリッッチャーは頭を床につけた。


「レイ、行こう」
その場から離れるように来た廊下をキースが引き返す。
「いいのかなぁ…」
「大丈夫だ。アイツは『不死身』だからな」
キースがニヤリと笑う。
『不死身=強い=土下座??????????』
「待ってよキース、全然わかんないよ!」
レイはキースの背中を追った。