れきりま 3 (バトルフィールド)



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村の外壁に沿って歩く。
スタート地点を時計の「12」の位置とすると、キース、メイア組は時計回りに来て「4」の地点あたりで、反時計回りに回ってきたレイ、マナ、ヴェイン組と出会った。

「どうだ、そっちは?」
キースが声をかけた。
「ん〜、ちょっとデカイのが一匹。ヴェインが瞬殺しちゃったけど」
ヴェインの背に乗るレイとマナ。
「それで、キース達の方はどうだったの?」
「そうだな…、30ってところか」
「えぇ!そんなにリザードが?」
「おかげでオレ達の方がかなり遅れたな」



「自由課題だ」
ガイン教官からの指示で小さな村の外壁の回りをパトロールする事を言われた。
方法、戦い方は全て任されていた。
ガイン小隊が全て揃って一周しては、同じように移動するリザードを見逃す事になる。
そこで二手に分かれて回り方を逆にした。挟み撃ちにしようとする方法をとったのだ。
あくまでもパトロールであるから、たいした大群に遭遇するとは考えにくかった為、戦力を分散しても問題はないと思われた。



「意外に多かったな」
「あれ?ところでメイアは?」
ヴェインから降りたレイ達は、キース一人でそこに立っている事に気づいた。
「アソコデ、イキダオレテイルノガ、ソウダロウ」
ヴェインが鼻先で差した方に、ばったりと倒れているメイアがいた。
「メイアさん!」
マナが駆け寄った。
リザードは群れをなしたヤツらでな…。かたまっていたから、オレが動き回って散らすよりメイアの電撃でまとめて倒した方が効率がよかったんだ」
「30いたって…、どれくらいに分けてだったの?」
「まぁ、ひとつの群れが5〜6匹ってとこだ」
しれっとキースが言う。
「じゃぁ、5つくらいの群れをメイアが一人で?」
「そうだ。ここいらはそんな生態のリザードが多いようだな」
キースは事もなげに言い放った。
「もちろん相当連射する事になるが」
「あの〜…、キース君?メイアさん倒れてますけど?」
「……充電してんだろ?」


「メイアさん!大丈夫ですか!」
マナが抱きかかえ、傍の木に背もたれさせた。
「はぅ〜…。キースがあんなに人使いが荒いだなんて…」
目を渦巻きにしてメイアが答えた。
「もうダメ。マナ、ここからレイと代って」
「デハ、ワレモ、コッチノチームダナ」
のそっとやってきたヴェインが言う。



「いやだからさ、ヴェインとキースを組ませるわけには…」
「オレはかまわんぜ」
ギラッとヴェインをキースが睨む。
「待って待って!だからまずそれはダメだろ?マナとメイアじゃまずいし…」
「戦力バランスならスタートした時、今の組に決めたはずだ」
「わたしもヴェインに乗せてぇ〜」
眼を×にしているメイアが訴えた。
「う〜ん、そうすると、キース、マナ組かぁ…。戦闘にはキースだけになっちゃうよね」
「すみません…。わたしは剣を使った事がなくて…」
マナが申し訳なさそうに言う。
「マナはサポート役だ、戦士ではない。気にするな」
キースが立ち上がる。
「決まりだ!ヴェイン!オレと貴様の組だ!」
「ちょっ、ちょっと!待ってよ!」
レイの制止を無視してヴェインも立ち上がった。
「ノゾムトコロダ」
出し抜けに鞘ごとヴェインに向かってキースが剣を振り下ろす。
それを口で受けるヴェイン。
「きゃぁ!」
「マナ、メイア!離れて!」
慌ててキースとヴェインからレイが二人を遠ざけた。


それを見るとキースは咥えられていた剣を鞘から引き抜き、切りかかった。
ヴェインは首を振って、鞘をキースに向かって飛ばす。
キースはそれを剣で弾く。鞘はくるくると回りながら林の方へ飛ばされた。
「あ〜あ、また始まっちゃったよ…」
レイもこうなると、しばらくはどうにもならない事を悟っていた。
「き、貴様!あの鞘は特注品だぞ!」
「ソンナ、ミノタケホドモアルケンヲ、ブキニスルカラダ。オマエノ、タイカクデハ、ツカイコナセン」
「ちぃ!高かったんだぞ!」
キースが林の中へと探しに行った。


ヴェインはあっけにとられている。
「ナンダ、ヤツハ…。アレデハ、マルデ」
「そうなんだ。リッチ君の真似だよ」
いつの間にか横にいたレイがため息まじりに言う。
「なんかわからないけど、最近リッチ君を真似るんだよ、キース…」
「ココロナシカ、ホホガ、アカカッタヨウダガ」
「う〜ん…。やっぱり恥ずかしいんだろうね」
「……。リカイデキハセンガ、ドウヤラ、ワレヲサソッテイルヨウダ」
「……どうする、ヴェイン?」
「オウマデダ」
「大丈夫…、だよね?」
「ソレハオマエモ、ワカッテイルハズダ。コロシハセン」
「う〜…。ぼくは目の届くとこにいるから」
「わたしもレイ様にお供します」
マナも来ていた。
「あれ?メイアは?」
「あの通りです」
大きなシャボン玉のような結界の中で寝ていた。
「体力回復効果も少しありますから」
「…ナルホド、フシギト、ミテイルダケデ、ココチヨイ。タイシタモノダ」



ヴェインが林に足を踏み入れ、キースを探す。
が、探すまでもなく木の上から飛び降り、剣を振り下ろされた。
見切ってそれをかわすヴェイン。
「待っていたぞ!」
剣を左右に振りヴェインを正面から追う。
後ろ飛びでそれをかわすヴェイン。キースから視線を逸らさずに、木々の中でかわすにはそうするしかないのだ。
キースの剣は空を切り、振るたびに辺りの木々に当りながらヴェインを追い詰め、弧を描くように移動した。
「ナンダ、ソノタンチョウナ、コウゲキハ?ソレニヤハリ、ソノオオキナケンハ、ココデハフリナヨウダッタナ」
キースは挑発されても剣を左右に振り続け、やはり円を描くように追い詰めてゆく。


ガキィーンッ!!!


ヴェインが痺れを切らし、爪で剣を払った。
「ナラバ、コチラカライクゾ!」
キースは口の端で笑うと傍の木を剣で眼にも止まらないさばきで切り倒した。
「!!!」
将棋倒しのようにヴェインを中心として周りの木々が倒れてゆく。
「ソウイウコトカ!」
キースは一旦飛び退くと助走をつけて走り、立木を足がかりに飛び、倒れこんだ木々の中心に剣を上段にかざして降りた。
が、そこにヴェインの姿はなかった。
「……コッチダ。ザンネンダッタナ」
倒れこんだ木の枝が引っかかり大きな隙間ができていたのだ。
「キドウリョクヲ、フウジタトコマデハ、ミゴトダッタガ、ウンガナカッタナ」
「……………」
立ち尽くすキース。


「あの…。もういいかな?」
レイが頃合いを計ってヴェインに声をかけた。
「まぁ…、やっぱりこれまでと同じ組で行くってことで、さ」
キースも木の隙間から出てきて鞘を拾い上げた。
「フン…。命拾いしたな」
「ソレハ、キサマダ…」


いくぶん体力が回復したメイアとキースの組は来た道を戻ることにした。
距離的にはスタート地点まではその方が近い。リザードもほとんど倒したはずだ。
メイアの体力を考えると、それが妥当だと考えた。
そうして、再び二組は別れて合流地点をめざして歩いて行った。



「こうきて…、右・左・右・左・左・右…」
「サキホドノ、ヤツノ、ケンサバキカ?」
背に乗るレイにヴェインが声をかけた。
「そうなんだ。一度だけ左・左ってリズムが狂ったんだ」
「シッテイル。エダブリノ、オオキナキノトコロデ、ヤツハワザトクズシタ」
「よくわからないけど、あそこをそのままのリズムで振っていたら、キレイに木が倒れたはずだと思わないかい?」
「ふふふふ。それはわたしも見ていてわかりました」
やはり背に乗るマナも、くすくすと笑った。
「アノエンギトイイ、ヤツハ、ヤクシャニハ、ナレナイナ。バレバレダ
三人…、二人と一頭が笑う。


「まぁ、それはキースもわかっているだろうね。ただ…」
「ソウダ、ナンデモナイヨウニミエテ、ヤツハ、トンデモナイコトヲシタ」
今度は考え込むように唸った。
「そうなんだ。幹の細い木じゃなかったんだよ、最後に切り倒した木は」
「ケンデ、キレルモノデハナイ。ノコギリトヤラヲツカッテ、キリタオスモノダ」
「剣であれだけの成木を一瞬で切り倒した…。小さな木じゃ他の木を将棋倒しにはできないからね」
「ワレハイッタガ、テッカイセネバナ。ヤツノタイカクデ、ミノタケホドモアルケンヲ、カルガルト、フリハラッタノダ…。ワレヲ、オウヨウニシテイタトキノサバキトハ、アキラカニチガッタ」
マナが控えめに口をはさむ。
「あのぅ…、お二人はあの時のキースさんの剣、おかしくは見えなかったのでしょうか?」
「???どういうことだい、マナ?」
「あの時、一瞬ですけど剣から陽炎が立っていました」
レイとヴェインは思い返す。
「……いや、ぼくには見えなかった」
「レイドコロカ、ズットアノキョリデ、ケンノウゴキヲミテイタ、ワレデサエキヅカナカッタ」
少しうろたえるようにマナが言う。
「いえ、本当です。…こぅ、剣がぼやけるような感じに揺れて見えたんです」
静まる…。


「オソラク…、ヤツトウニンモ、キヅイテイナイダロウナ」
「ぼくもそんな気がするよ…。マナにしか見えなかったんだ」
「コレハ、アナドレンナ…」
声を低くしてヴェインがつぶやいた。
が、レイは笑った。
「大丈夫だよ、ヴェイン。なんて言ったって、『右・左・左・右』だから」
「…スキニナレン。シャクニサワルヤツダ」
少しプライドを傷つけられたヴェインだった。
「お互い様だよ。あの時、君の跳躍力ならキースの頭を飛び越せたんだ」
「…イヤ、アノバデハ、キギガジャマダッタ…。コンカイハ、ヤツノオモウツボダッタヨウダ…」
悔しそうに唸るヴェインにマナが背をなでながら声をかけた。
「得意なフィールドや戦法は誰にでもあります。今回、キースさんのフィールドに自ら踏み込んだのはあなたなのですから、これでキースさんの計算と違っていたら彼の立場がないですよ」
「……。グゥ、コンカイハ、ヒキワケダ」


「それにしても、リザード出てこないねぇ〜」
レイが少し退屈そうに言った。



               2



「何をしている。置いていくぞ」
足早に歩くキースに遅れ、メイアがフラフラと追いかける。
「そんなに急がなくてもいいじゃない!小さな村だから一時間もあれば戻れるはずよ」
「また戦闘にならなければ、な」
キースは辺りの気配を伺いながら話した。
「だって見たでしょ、ここまで来た時にわたしが!わたしが!このわたしが!一人で倒したリザードの死骸がそのままになっているのを」
「…確かに食い散らかされた跡はなかったが、この先も同じという保証はない」
「もぅ、少しは労わってくれてもいいでしょ!」
疲れているのだろう、メイアらしくない甘えた発言だ。
「……そうか。少し休むか。ただし完全に腰を降ろすな。後で立つのがキツくなるからな」


傍の岩にもたれかかるように小休止をとった。
「……………」
「はぁ…、どうしてこんなに無愛想なのかしら」
「疲れているわりには口だけはよく働くもんだな」
キースが皮肉に言う。
「そうじゃなくて、何か少しは話をしてもいいでしょ?」
「話す事などない。…何を話せばいい?」
とたんにメイアがうろたえる。
「な、何って…、そう…、その…」
「質問によるが答えてやるぞ。タテに2匹のリザードが襲ってきた場合とか」
「だから、そういう話は」
「前の一匹を攻撃して隙ができてしまうと、すぐに続く敵に襲われる。それを考えてだな」
「違ぁーう!」
メイアが話を遮った。
キースはため息をつく。
「元気だろ、お前本当は」
「疲れたわよ!余計に」



「だから料理は実験なのよ、わかる?失敗なんてないの。全て『過程』なのよ」
「食わされる方は迷惑だ」
「考えようなの、それは。前回とどこが違っているか味わう楽しみがあるでしょ?」
「そもそも実験とはなんだ。料理は料理だ。食えなきゃ意味がない」
「毒じゃないんだし大丈夫でしょ。素材は同じものを使っているんだから」
「どうして同じ素材であんなものが作れるのか、むしろ感心する」
意外に会話は盛り上がっていた。
「じゃキース、アンタはできるのかしら?」
「お前よりはマシに犬のエサくらいなら作ってみせる」
「失礼ね!」
ガサッ……
「来たか?」
「…みたいね」
辺りに姿はないが、明らかに藪をかき分ける音がする。
ガサ…ガサ…
「デカイぞ、コイツ」
「でも、単体みたい」
「…だな。やっとオレの仕事だ」
剣を抜き、ゆっくりあたりの気配を探った。
ガサガサガサッ!!!!
二人を捉えると、藪の中からリザードが姿を現し突っ込んできた。
「下がっていろ!」
「援護は!」
「いらん!が、見ていて判断してくれ!オレに当てるなよ!」
「カチン!当ててやろうかしら」
極端に頭を下げた姿勢でリザードが突進してきた。
「バカめ!頭を狙ってくれと言ってるようなものだ!」
キースも真正面から走って上段に構えた。あの体勢からの攻撃はないと読んだ。
が、
低い体勢からリザードが跳躍した。
「クッ…!なんてジャンプ力だ!」
軽々とキースを飛び越えるとメイアめがけて、やはり頭を低くしたまま襲いかかる。
「体当たりだ!避けろ!!」
キースが叫んだ。
あまりに咄嗟の事で、メイアはどうかわせばよいか瞬時に判断がつかなかった。
あろうことか避けたつもりが、リザードの頭に飛び乗ってしまう。
「シャアァァッァァ!!!!!」
とたんにリザードが勢いよく頭を上げると、メイアは空中高く飛ばされた。
「きゃぁぁぁぁ!!!」
「メイア!!!」
リザードは向きを反転させ、再び同じ姿勢でキースに迫る。
『ヤバいぞ!あの高さから落下したら…』
剣を逆手に持ち変えるとキースも飛んでリザードの頭に乗った。
後ろ手で眼を貫く。
「ギャァ!!!」
頭を持ち上げたリザードはキースも空中に跳ね上げた。
『ここだ!』
タイミングを計ってメイアに向かってリザードの頭を蹴って飛んだ。
空中でメイアを抱きかかえる。
「キース!」
「体勢を立て直せ!」
宙で不安定にしていたメイアを後ろから抱く格好になる。
「……、さてここからどうする」
「って、飛べたんじゃないの!」
「飛べるか!」
ずいぶんな高さまで跳ね上げられ、このまま岩場に叩きつけられたら致命的だが、着地地点は草原になりそうだった。
「それでもヤバイぞ、これは」
「任せて!わたしを…、わたしをしっかり抱いていて!」
キースは言われるがままにメイアを強く抱きしめ安定させた。
メイアは狙いを定め、落下地点になりそうな場所近くの大木へ電撃を放った。
2発、3発!
『間に合うか!』
5発6発7発!
「バーン!」と大きな音をたてて大木が傾いた。
そのまま大木が倒れると数本の木々も巻き込んで倒れた。
「よし!落ちるぞ!」
メイアはキースにしがみつくように身体の向きを変えた。
キースがメイアの頭を抱え込むようにすると二人はそのまま倒木の中に突っ込む。
バキバキバキッ!!!!!


「いつつ…。メイア…、大丈夫か?」
「いたた。わたしは平気…」
とりあえず窮地は逃れられた。
「ギシャァァァァァ!!!」
手負いになったリザードが暴れている。
「キース、剣は?」
「捨てた。あそこだ」
暴れているリザードの足元に放りだされていた。
「あそこでオレを飛び越されたのが失敗だった。責任はとる!」
立ち上がると、丸腰でキースが駆け出した。
「ここは逃げて!!!」
メイアの制止も聞かず、剣に向かって走った。
「ギャァァァァァァッ!!!」
やみくもに暴れているリザードの潰された眼の方に回りこみ、視界がきかない範囲から剣を手にしようとしたところにリザードの爪が振られる。
爪先が頬をかすめると剣を手にした。
剣に陽炎が立つ。
刹那、リザードの胴体は真っ二つになった。



「無謀ね…」
「まぁな…」
さすがに気が抜け、二人は座り込んでしまっていた。
「先の事も考えないで飛んだりして…。キースらしくないわね」
「……ただ」
「?」
「もう、目の前で何もできずに死なせる事だけはしたくなかった…」
「『もう』?」
「あぁ、二度とあってはいけない事なんだ。立てるか?」
先に立ち上がったキースがメイアに手を差し伸べた。




レイ達と合流し、学園までの帰途についた。
「そうかぁ〜。それは危なかったね…」
「オレのミスだ。今回はメイアを危険な目に遭わせてしまった…」
キースが俯きながら力なく歩く。
「ま…、まぁ、わたしと組んだ事がラッキーだったからいいなじゃない?」
「だな…。遠隔からの電撃でしかあの場は凌げなかった…」
「な、なんなら、また組んであげてもいいですけど〜」
メイアは視線を合わせようとはせず言った。
レイもその意見に同調する。
「そうだね。近距離と遠距離の攻撃でカバーし合えるからいいコンビになるよ!」
「…トクイナ、フィールドト、センポウカ…」
ヴェインが独り言のようにつぶやいた。




「おかえり、メイア」
学園に入るとリッチャーがポーズをキメ、待ち構えていた。
『何、光ってんのよ、コイツ』
メイアは追い払う気分にもなれなかった。
「戦闘お疲れ。君にプレゼントがあるんだ」
目の前に大きな女郎蜘蛛をぶら下げた。
「キレイな模様っ」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
叫ぶ前にリッチャーの顔面に拳をめりこませていた。



「出てるよ、たくさん…、鼻血」
「ふ…、ふふふ。女の子は好きな男に冷たいもんさ」
『この男…、やっぱりすげぇや』
落ち込んでいたキースに笑みが戻った。