れきりま 5 (ライバル)





「はははっ!まるで話にならんな!」
キースが高笑いする。
「むむむむむ…。コントローラーを取り替えてもう一度勝負だ!」
リッチャーがキースからゲーム機のコントローラーを奪う。
「ぼくの蹴りが出る前に小技で回避なんてズルイぞ!」
「おいおい。コントローラー交換は何度目だ?」
「うるさい!勝つまで勝負だ!」
汗だくになってリッチャーが吠えた。


『キース…。もう負けてあげなよ』
隣に座るレイがそっと耳打ちした。
『手加減はしない。それが礼儀というものだ』
ニヤリと笑うキースにレイはため息をつく。
もうかれこれリッチャー相手に、二人は格ゲーの相手を3時間も付き合わされていた。


「何をコソコソ話してるんだ!行くぞ!」
開始と同時にコントローラーを上下左右に振り回し始める。
「リッチ君、そんなじゃボタン操作が…」
「当たれ!このっ!だぁ!おりゃあ!」
『この男、夢中になると持久戦も堪えないようだな。よくこんなで体力が持つものだ』
キースは冷静に見切って、防御し大技の後の隙に小技連打、体勢を崩して大技返し。
一気にリッチャーのHPを無駄なく減らす。
「わぁ!あとジャブ一発当たれば負けだぁ!くっ…、ヨロケで防御がきかない!」
「ふっ、覚悟。必殺、ジェノサイド・インフェルノ!」
「鬼か、オマエはー!」


「ずいぶん楽しそうだね」
不意に背後から聞き覚えのある声がする。
「…何それ?」
レイとキースに緊張が走る。
「クルト…」
「貴様どうやってこの街、いや学園に侵入を…」
「んん?だって、警備甘すぎだもん。まぁ数人鋭そうなヤツもいたけど、マークする人数が少ないから造作もないよ」
ローブは羽織らず、全く普通の格好だ。こうして見るとただの少年にしか見えない。
確かにこれなら人目を欺きやすいだろう。
それでもクルトから戦意が全く感じられない事に、とりあえず二人は安堵した。


「ねぇねぇ!それよりそれ、何だって聞いてるだろ?」
「ゲーム機だけど…。やったことないの?」
「『げえむき』?その手に持っているやつで画面の人を動かすの?」
興味津々な眼差しに邪悪さはなく、少年そのものの目だ。
「ちょっと誰だよ、このガキ!勝手にぼくの部屋に入ってくるなよ!」
クルトはそれまでその存在に気づかなかったかのように、リッチャーに目を向けた。
「ふ〜ん。君のなんだ、これ」
「なんだよ?やらないぞ!自分で買え!」
少し口を尖らせると、レイとキースに顔を戻した。
「…クルト?」
「なんだ、貴様でも興味があるのか?」
「べ…、べ・つ・に」
黄緑色の瞳が光る。
『ぅわぁ〜。けっこうわかりやすいんだ、クルトって』
「ねぇ、そこの子、またやってみなよ。見ててあげるから」
「なにを!オマエの方が子供だろ!それにぼくはリッチャーって名前があるんだ!」
『同レベルだよ、この人達』
「まぁまぁ。クルトもそこに座って…」
「ぼくの部屋だ、どうしてレイが指示を…。あ、このガキもう座ってる!寝転がるなぁ!足を組むなぁ!くつろぐなぁ!」



「そう…。それで後方ジャンプ。回避して飛び道具技を出すんだけど、隙ができやすいから」
レイがクルトに基本操作方法を教えていた。
「ふ〜ん。実戦とだいたい似たようなものなんだ。なるほど…」
「いててて!キース、強すぎだ!そこはもっと優し〜く」
その傍にはリチャーに肩もみをさせられているキースがいた。
「いちいち注文が多いヤツだな」
「なんだ、ぼくの格闘センスがあれば簡単そうだね」
クルトは楽しそうに画面のキャラクターを操作していた。


「うーい。キース、冷蔵庫から飲み物持ってきてよ」
「フザけるな。オレ達が客だ。貴様がもてなせ!いつもメイアにはマメにしているだろ!」
「なんだよぉ〜、もぅ」
舌打ちをして、腰を上げかけるリッチャーに
「あ、そこの子、ぼくコーヒーはダメだから」
とクルトが声をかけた。
リッチャーの顔がヒクヒクとした。
「あぁ、そう。…それからぼくは『リッチャー』だから。そこ、よろしくね」


「ケンカ売ってんの!ぼくはコーヒーが嫌いだって言ったのになんで全員コーヒーなんだよ!」
「あ、ごめ〜ん。間違えちゃった〜。お子ちゃまには苦かったかなぁ〜?」
「くっ…」
「じゃ、ミルクと交換してあげようか〜」
「待てよ!…飲んでやるよ!誰が子供なもんか!」
すでにレイとキースが入り込める余地はなかった。まるで子供のケンカだ。
「……。!!!!!!!」
「クルト、無理しなくても…」
「苦ーーーーーーーーーっ!!!」
とたんに爆笑するリッチャー。
「げらげらげらげら!!砂糖抜きブラックの味はどうだい?ははははははははは!!今度は塩を入れてあげよう」
咳き込むクルトの背中をキースがさすった。


「くくくっ。ぼくを本気で怒らせてしまったようだね」
瞬間、レイとキースの眼光が鋭く変化する。が、リッチャーはキョトンとしていた。
「なんだ、このガキ?ははは、湯気が出てるよ」
「バカ!それ以上刺戟するな!」
キースが剣に手をかける。
「もう、遅いよ…。叩き潰してやるよ一瞬でね」
レイは交互に二人をなだめる。
「クルト!落ち着いて!ほら、リッチ君も謝って!」
「『聖光の』は黙っててよ。『そこの子』、それを持ちなよ」
クルトが指差したのはゲームのコントローラーだった。



「……勝った!おい!見てただろ!ぼくは勝ったぞ!」
鼻の穴を全開にしてリッチャーがレイとキースを交互に揺さぶった。
「やったー!初めて勝ったぞぉ!!!」
キースの手を握ったままブンブン振り回す。
一方、呆然自失なクルトは固まっていた。
「そんなバカな…。このぼくが…」
「まぁまぁ、クルトは初めてだったんだしさ」
レイの慰めを拒否するかのように、リッチャーに向き直った。
「情け無用!『リッチャー』!もう一度勝負だ!」
「うらぁ!ボコボコにしてあげよう!」
開始と同時に二人はコントローラーを振り回す。
「痛い!」
リッチャーが箪笥に手をぶつける。
「チャンス!」
が、技が出ない。
「クルト落ち着いて!さっき教えたタイミングで方向キーとボタンを」
「わわ、わかってるよぉ。こぅ!こぅ!」
大きくコントローラーを振るがうまくいかない。
「いてて…。卑怯者め!くらえ!」
同じ動作で技を出そうとするが、二人とも出せない。
画面上では二人のキャラクターが滑稽に同じ動きをしていた。



21勝21敗。
さすがに二人は指先を痛め、それぞれレイとキースに治療されていた。
「いてて!皮が…。キースそっとやってくれよ」
「ちくしょう!もう一度だけ対戦できたらぼくが勝っていたはずだ!だろ?『聖光の』」
そこには純粋に悔しがる一人の少年がいた。



「世界は広いね。ぼくにはまた新しいライバルができたようだよ、『聖光の』」
「クルト…」
緑の髪をかき上げ、立ち上がるとクルトはリッチャーに指を突きつけた。
「覚えてろ!この次にはリッチャー、君を泣かす!」
『なんて捨て台詞だ』
「サラバだ!」
一瞬にしてその姿を消した。
「あれ?あれあれあれ????」
リッチャーがあたりを見回した。
「…わかっただろ。クルトはね…」
「泥棒だったのか!」
「はぁ?」
「ぼくのゲーム機がない!」


あまりのオチにレイとキースの言葉は気絶した。










(07.08.13)