オレンジ色の世界





夕暮れ。


わたしは「100円切符」というものを手にして、電車のホームにいます。
100円で目的の駅まで行けるのだけど、やって来る電車は全て1両編成なのです。
そして様々な1両電車が通ります。
手を上げてタクシーのように拾うのですが、ホームには大勢の人がみんな手を上げています。
「どんな電車でもかまわない」捕まえた者勝ち状態。
多種多様な通常車両や廃止された特急車両、蒸気機関車…。
新幹線やリニアは猛スピードで走り去ってしまって、捕まえられません。
電車だけでなくバスや車も通過します。女学生だらけの観光バスともなると男性が雄叫びをあげ身を乗り出して手を上げるものだから、特に競争率が高くなります。


『帰らなきゃ…』


わたしもずっと手を上げてますが、なかなか捕まえられません。
停車した車両の運転手が「はい、そこの人」と指名するのですが、乗車できるのは一人だけ。
だからホームに残された人はみんな手を上げたままになります。



救急車の音が迫ってきました。
さすがに誰もコレは敬遠し、手を下ろしましたが、わたしは少しそれが遅れたようで停車した救急車の運転手に指名され、乗らなければなくなってしまいました。


しぶしぶ乗りこむと、アル中のおじさんがえづいてます。
でもこれは「演出」だとわたしは知っている。
それでも迫真の演技に気分が悪くなりかけて、運転席の方に避難しました。


運転手の隣に恰幅のいいスーツ姿の会社重役風の人がいます。
加齢臭がします。…60過ぎくらいかな?
「おジさんは?乗客じゃないはずですけど…」
「えぇ…、私も搬送されるところなのですよ」
聞けばOD自殺未遂をしたそうです。
応急処置が終わったから普通にしていられるのかどうか?なんてどうでもいいことなのです。
とにかく自殺未遂…、そういうことなのですから。


おジさんはぽつりぽつりと自分のこれまでの人生を語り出しました。
お偉いさんのように見えて、不幸な話ばかり。ツイていないことばかり。
その果ての自殺未遂なのでした。


それは…
わたしの記憶と同一だった。
『この人はわたしの未来の姿かもしれない…』
彼の過去はわたしの過去と同じ。
見知らぬ他人だけれど、「わたし」なのだ。



線路を行く救急車をオレンジ色の夕日が染めています。
おそらく
いつまでも沈まない夕日。
ここはずっと夕暮れの世界。


後ろから黙ってそっとおジさんを抱きしめる。
「…すまんね」
おジさんはわたしの腕に手を添えた。
やわらかな感触を感じると…
我慢していた涙がどっと溢れた。