子供刑事 中原君 2





*作中に「よつばと!」(あずまきよひこ著)のセリフを拝借しています。



「えびふりゃーでしょー、手羽先とー、あとひまつぶし」
安田の顔はヒクついていた。
「ひつまぶし、ね…」
このところ聞き込みに回ることが多く、ロクなものを食べていない。
中原はかまわず続けた。
「でもそんなのはついでなんだ。名古屋の西友でやってた屋上ショーが目的だったんだから」
「休暇をとってまで、ね」
廊下を歩く安田は早足である。
「『撤収戦隊・ニゲルンジャー・ショー』は仕事で見逃していたからね〜」
「ずっと仕事はありました。だいいたいなんスか、その弱そうなヒーローは」
「あー!それは見せかけだよ!やられてるフリして敵のワゴンRに爆弾仕掛けて、『今回は撤収だぁ!』って逃げて、それで敵が車のドアを開けたら木っ端微塵さ!」
『なんで悪の組織が、まんま軽自動車に乗ってんだよ!改造しろよ!』
「この前なんて敵の戦闘員の背中に小型毒ガス装置を仕掛けて、ヤツらがアジトに戻ったところで毒ガス噴射ー!ボスもろとも殲滅したよぉ。手を汚さない無駄のない作戦だったよ」
『えげつなっ!敵はゴキブリ扱いかよ』
「『逃げるが勝ちだ!』いいキメ台詞だよねぇ」


「ねぇねぇ、それで今回の事件は?犯人はもう捕まってるんでしょ?」
「だから聞き込みですよ!裏づけ捜査!何も調べてないんですか!」
「メンドくさい。安田君からまとめて報告聞いた方が早いもん」
『このガキ、マジでムカつく!』




被害者は恩田由梨香(17)、女子高生。
容疑者はすでに逮捕された、山口亮太(25)。某有名企業の地方営業所勤務。数年の任期を終えたら本社では役職のイスが約束されている、いわばエリートの卵。
紐のようなもので後ろから首を絞めての殺害。被害者が抵抗したような足跡が少ない事から『地蔵背負い』の殺害方法だと推測された。


二人の接点は犯行当日。
○月×日、日曜の午後14時。
書店が本業であるが、アニメグッズ、文具、事務関係品、パソコン、雑貨、玩具などに至るまで様々な物を扱っている大手の書店。ひとつのビルがまるごと店舗である。
犯人と被害者は当日、万引きで店に確保された。
現場を押さえられた恩田さんと山口はそれぞれが一旦、同じ部屋で待機させられた。
二人が同じ部屋にいたのは5分くらいの間。
その日の夕方に、恩田さんは街外れの廃工場で殺害されたと思われる。
死亡推定時刻は午後16時〜18時頃。
発見者は「探検遊び」をしていた小学生達。翌日のことだった。




「どうして山口が犯人だと?」
「現場にケータイに付ける…、まぁお守りのようなものが落ちていました」
安田は手にしていたファイルから写真を取り出した。
「…不気味だねぇ。これ、お守り?呪いの人形じゃないの?」
パチンコ玉を頭にあしらい、首から下は黒マント姿。
「ここいらでは有名らしいですよ。夏頃まで街にいた辻占い師が販売してまして」
「こんなの流行ってるんだぁ…」
「現在はその辻占い師はどこかの街に流れて行ったようで、『期間限定品』のような格好で少数しかありませんから。もの好きな女子高生の間で話題になっているんです。色々な種類があるそうですよ」
「これが山口のものだと?」
「人形の背中に名前が彫られています。辻占い師はそういうサービスもして販売していたようで、山口本人も自分が失くしたものだと認めてます。しかも、犯行のあった当日に失くしたと」
車を発進させた。


「暴行の形跡はなく、あのような場所で落ち合うのは顔見知りだからでしょう。犯行時についたと思われる足跡で新しいものは、発見者の少年たち以外は被害者と加害者のものだけ…、単独犯と思われます」
「つまり…?」
「山口は強請られていたんですよ、おそらく。万引きの件は二人とも厳重注意で返されてますが、恩田さんに『会社にバラす』とでも脅迫されたんでしょう。その日、山口はスーツ姿で会社のバッチもつけていましたから会社が特定されてしまったんでしょうね」
「会社のスーツで万引き…、かぁ」
「どうかしてますよね。万引きの時点で彼のエリートコースは崩れましたから」
「山口はどこまで認めてるの?」
安田は深い溜息をついた。
「本当に何も聞いてこなかったんですね。山口は否認し続けてるんですよ。恩田由梨香などとは面識もない、と」


「ちょっと!そんな所にシールを貼らないでください!」
「んん〜…。どうしてそんなおかしな事言ってるのかなぁ。調べたらすぐわかるのにさ」
中原はどこか解せないようである。
「どうも精神耗弱しているようで…。取調べもままならないんですよ。万引きに関しても『魔がさした』としか…。前日に仕事で大失態をしてこっぴどく上司に叱られたそうです」
調書をよそに、安田相手に質問を続けていた。
「犯行のあった日、お店から出た後の彼の足取りは?」
「ずっと一人暮らしのマンションに籠もっていたと本人は言ってます。車は駐車場に停めたままである証言は得られてますが、殺害現場までは歩いたってたいして時間はかかりません」
「犯行時刻前後の目撃証言はなし、だね?」
「ええ、まぁ…、今のところは。山口はそのうち精神鑑定も検討されるでしょう…、ってだからシールを貼らないでください!」



「どうも、上田北署の安田です」
店長に挨拶をしている横に中原はいない。
『これだから、ここには一緒に来たくなかったんだよなぁ』
中原はフィギュアコーナーで、黒人少年がトランペットを見入るようにして貼りついていた。
「中原さん!こちらが店長の…」
「安田く〜ん。ここスゴイよ〜。見て見て!『アル中ライダー・γ‐GTP』のバイクだよぉ!」
「それはダメでしょう!って、職務中です!」
安田に引きずられて、そこを離された。
「もぉ〜…。やんだは夢がないなぁ〜」
「『やんだ』ってなんスか!ぼくは安田です!」


「同時刻に同じ部屋に二人っきりでいて面識がないなんて、中原さんも妙にこだわりますね。嘘に決まっているでしょう」
「精神耗弱って…、それだけで決めつけちゃっていいのかなぁ〜って思ってねぇ〜」
中原の要望で、その待機していたという部屋に案内されるところである。
「店長さ〜ん。そこは何?そういう場所なのぉ?」
「いえ…。なんて言うか、雑務室です」
本来、教科書販売の時期に大量の教科書を保管する倉庫であるが、それ以外のほとんどは様々な雑務が行われているようであった。
返品本の仕分け、入荷書籍の一時保管場所、売り場ディスプレイの作成など。日替わり、時には一日に何度も目まぐるしく仕事内容が変わる場所であるようだ。
「あの時間はたまたま何も使っていませんでしたから、二人を一時的に待機させる事にしました」
「ふ〜ん。二人一緒に入ったのぉ?」
「いえ、始めは山口さん。後から恩田さんが。恩田さんが入って5分くらいで山口さんを事務所の方に連れ出したそうです」
「あ〜、店長さんが立ち会ったんじゃないんだぁ」
「はぁ、私はずっと店長室にいましたから店員が廊下で待機していまして…。あ、ここです」
20畳ほどもある広い倉庫だった。
そこに入ったとたん中原は額に手を当てた。
「中原さん?どうしました?熱でも…」
「…安田君はここに来たのは初めて?」
「はい。署の者は誰も確認には来てませんよ」
「もぉ〜、ウチの署はぼくがいなきゃダメだよ、やっぱりー!」
「はぁ?」
「『はぁ?』って、ちゃんと見えてるの?安田君、目はいくつ?」
「ふたつですが?」
『安田のクセにボケるか…』
「どこを見てるの?恩田さんの交友関係、ケータイの着信履歴、当日の目撃情報、現場の足跡、全部やり直しだよ」
「犯人は…、山口は逮捕されてますよ」
さっぱり把握できないでいる安田を、中原が見下した目で見る。
「やんだはバカだな」
「ヤ・ス・ダ、です」
「出入り口はどこにあるの!」
「今、入ってきたドアと、向う側のドアの2箇所のようですが…」
「天井見なよ。もー!もー!帰るよ!」
中原は足早にそこを去ろうとした。
「ちょっと!どういうことです!」
「どうもこうもないよ!山口さんは白!真犯人を探すんだよ!」





*同じ部屋に同時刻にいて顔を合せなかった可能性。
 簡単すぎですね(笑)





*解決編*



「待たんか、コラ」
猫つかみっ。
「ニャー!放せ、やんだ!」
「安田ですってば!勝手に捜査方針を変更しないでくださいよ」
「見ればわかるじゃないかぁ。それにおかしいと思わなかったの?取調べしてて」
じたばた暴れる中原を、なんとか安田は引き戻す。



結局、店長には席を外してもらい、その倉庫での話し合いとなった。
「まずちぐはぐなんだよ、山口さんの供述が」
「まぁ、精神的に不安定ですからね」
「そうじゃなくって。あの人形を落としたのは犯行のあった日って言ってるんでしょ?どうしてわざわざ自分に不利な証言をするの?」
「それは…、つい出てしまったんじゃないでしょうか?」
「そんな肝心な事は普通ごまかすはずだよ、決定的証拠につながるんだから。なのに恩田さんとは面識がないなんて言う。おかしいと思わないの?」
「…まぁ、確かに」
「人形を失くした日なんていくらでもずらせられるはずだよ」
「…とすると、目的は何でしょう?」
またしても安田を見下すような目で見た。
「やんだはバカだな」
「やーすーだー!」
「全部本当の事を言ってるんだよ、山口さんは」
「面識がないってのも、ですか?」
「天井のレール」
「はぁ…」
安田は天井を見上げ、レールの先を目で追って、壁に細長の収納扉があるのを見た。
「まさか…、あれは!」
「開けなくてもわかるでしょ?アコーディオンカーテンが収納させてるはずだよ。この倉庫は作業内容がコロコロ変わるって店長さんが言ってたよね。つまり、カーテンの仕切りは毎日記憶にないくらい開け閉めされていたんじゃないかな?」
あまりにあっけない盲点。
「ぼく達が来たのは従業員用の階段から。そうすると、そこのドアが近いからそこから入るよね。山口さんも同じ経路で来たんだよ。それで恩田さんは店舗のエスカレーター側からここに やって来たと思うんだ。そうすると、向う側のドアからこの倉庫に入るのが手近なんだ。その時アコーディオンカーテンは閉められていたんだよ」
「つまり、同じ倉庫にいながらそれぞれ一人でいた…。でもどうして山口と恩田さんの来た経路までわかるんですか」
「人形だよ」
安田はまたしても困惑した。
「いちからか?いちからせつめいしないとだめか?」
『このガキ…』
しかし屈辱的だが安田にはわからなかった。
「別々のドアから入ったのはさっき言った通り、来た経路が違うから近いドアを開けたんだよ。山口さんが従業員用の階段から来た時、人形を落としたんだよ。従業員しか通らない所なら落ちていても気づきにくいよね。だとしたら、恩田さんは逆から来たことになるよ」
「はぁ…」
「それでお説教されて帰る時、恩田さんは従業員用の階段から帰った。そして人形に気づいて拾ったってことだよぉ」
「…そうか!学生の間で希少価値のある人形が落ちていれば当然拾いますね!山口が店舗エスカレーター側から来て落としたのなら誰かが先に拾ってしまいますから」
「そうして殺害された時に、恩田さんは若干の抵抗を苦し紛れに抗って人形を落とす。簡単な事だよ」
「じゃ、山口は…」
「考えてもごらんよ。会社のバッチをつけたスーツで万引きするなんて、かなり精神耗弱してたんだよ。だから、部屋に籠もっていたってのは間違いないはずなんだ。とても人を殺めるような精神状態にはなれないよ」




一週間後

「山口さんが…、当初の捜査通りに恩田さんから強請られていたとしたら、やっぱり殺害しましたかね?」
署の屋上の手すりに腕を組み、安田が中原に問いかけた。


真犯人が逮捕された。ケータイの着信履歴から簡単にアシがついたそうだ。
驚いたことに、偶然にも山口亮太と同じ勤務先の男だった。
恩田由梨香は「売り」をしていて、犯人はその相手だった。それをネタに強請られ、口封じの犯行だったと供述を始めているらしい。


「ぼくはそれはないと思うよぉ〜」
「どうしてです?」
「山口さんはもう限界だったんだ、仕事に対して。一方、犯人はそんなとこでコケるわけにはいかないと考えていたと思うんだ」
「犯人と山口さんの違いって…」
「失うものが大きいか小さいか、だよきっと」
「守ろうとするものが大きいほど危ない橋も渡ろうとするなんて…。皮肉なものですね」
安田がタバコの煙を吐くと風に流されかき消された。
夕日が稜線を映し出すと、山脈を黒く見せていた。
「さて、と。宿直室のどこが空いてるかな〜?『仮免ライダー』の再放送の時間だぁ!」
「え?録画セットしてるんじゃないんですか?」
「もー!リアルタイムで見るの!録画は保存の為。基本じゃないかぁ」
後ろ向きにぴょんぴょんと跳ねながら、中原は階段口へと向かった。


『あの人は失うものがぼくなんかよりずっと小さいんだろうな…。かなうはずないや』
失うものが小さいからこそ危ない橋も渡れる。
犯罪を犯す者はそこが逆転してしまうのだろうと安田は思った。