子供刑事 中原君 3





上田商業高校前交番


「そっかー、やっぱり面白いよねぇー」
「いやぁ、さすが中原さんですね、ぼくのツボをおさえてますよ。えっへへへ」
中原と交番勤務の宮里が談笑を交わし合っている横で安田は大あくびをしていた。
「掘り出し物ですよ、このアニメは」
「そんなことないよぉ。古いけど有名だよ?」
「いやいや、中原さんほどのマニアにとってはそうでしょうけど」
「『鉄拳・ボーリョクスキー』を知らないなんてモグリだよ」
「先日の『几帳面ライダー』もよかったですが、これもまたなかなか」


このところ殺人課は事件もなく、過去の書類整理ばかりが日課となっていた。
そんな単調な仕事に中原が素直に就くはずもなく、安田を引き連れてアニメ・マニアの宮里の勤務するこの交番に逃げ出して来ていた。
正直、安田もサボりを中原のせいにできるという打算がなくはなかったが、アニメ・特撮談義にはとてもついていけない。



「…さん!…りさん!おまわりさん!!」
「んん〜?宮里君、誰か来たみたいだよぉ。お仕事かなぁ…」
「ちぇっ、めんどくせぇなぁ…」
舌打ちをしながら宮里が表に出ようとした。
『コイツら『亀有公園前』の警官かよ!』
安田は内心で毒づいた。


「またアナタですか…」
その女性を見て宮里は溜息をついた。中原が後ろから覗きこみ声をかける。
「どうしたの?」
「いえね、ストーカーに遭っているって…」
「じゃ、ちゃんとお仕事しなきゃ」
「それが…、いないんですよ、そんなストーカーなんて」
「失礼ね!わたしが何度も言ってるのに!」
カン高い声を頭のてっぺんに開いた穴から出すかのように、ヒステリックに言い返した。
「どういうことです?ぼく達にも聞かせてもらえませんか?(退屈しのぎに)」
安田もやって来た。




橋本理香(28)
市街地のマンションに住む女性だが、ストーカーに部屋を覗かれていると訴える。
最初に通報を受け、部屋に向かった先は同じ造りの大きなマンションが2棟並ぶ1号棟の一室だった。
問題のストーカーはマンション5階の向い2号棟の部屋から覗いていると言う。
「いつもうす暗がりの中でこっちを見ているのよ!カーテンも開けられないわ!」


「では犯人の部屋は特定されてるんですから、話は簡単なのでは?」
安田が当たり前に返した。
「それが簡単じゃないんですよ。向いの2号棟のその部屋は誰も住んでいないんです」
「だから不法侵入だって言ってるでしょ!」
宮里がうんざりした様子でゆっくりと話す。
「だから、我々も、調べました。でも、侵入した、形跡は、何ひとつ、なかった、ですよ」
「幽霊かもよぉ〜」
中原が混ぜっ返す。
「本当に幽霊みたいなヤツよ!夜中にしか現れないんだから!気味悪いっ」
頭の穴から声をあげる理香は始終ヒステリックだ。
「昨夜は暑かったからカーテンと窓を開けていたら、しばらくするとヤツがグラス片手にニヤついて物陰から出てきて…。もう我慢できないわ!早く捕えてちょうだい!」



面白半分に中原と安田は同行し、理香の部屋へと向かった。
市街地にある2棟並ぶマンション。1号棟の509号室に理香は住んでいた。
特に変わった様子はない。
「あの部屋よ!」
「…なるほど、真っ暗ですね」
その窓を安田が確認した。
向いの2号棟とは5メートルほどしか離れてはいない。下は路地が通っているが、車1台がやっと通れるくらいの幅であった。


宮里はもう慣れた様子で勝手に灰皿をテーブルから拾いあげ、タバコをふかしている。
「空き部屋なのは確かです。管理人にも聞きこみをしましたが、ずっと入居者はないとのことですよ」
中原は窓際をウロつきながら覗きこんでいた。
「…。なんだ、もっと面白い事件かな〜って思ったのになぁ…」
「中原…さん?」
「ストーカーになるのかどうかはともかく、誰か見ていたのは事実みたいだよぉ」
宮里のタバコの灰がフローリングの床に落ちた。
「わ…、わかったんですか?犯人の所在が!」
安田は頭を掻いた。
「この人、ちょっと見ただけでなんか気づいてしまうみたいなとこがあるんですよねぇ…」
「こりゃ驚いた!ただのアニメオタクじゃなかったんですね!」
「もー!ぼくはオタクじゃないぞぉ!フリークだよ!」
理香が得意満面に言う。
「ほーら、ごらんなさい!わたし、ウソなんてついてないんだから!」
「じゃ、容疑者さんの部屋に行こうかぁ〜」
宮里は慌てて質問した。
「ちょちょちょ、ちょっと、どういうことか説明してくださいよ!向いは誰も住んでませんよ!」
「ん〜、宮里君には今度『きんぎょ探偵団』を貸してあげるよ」
安田も口をはさむ。
「あのぉ…、一応説明を…」
「説明も何も、見てごらんよ、この窓と向いの窓の位置。正面に立ってさ」
安田と宮里の二人は並んでそこに立つ。
「…真正面は外壁ですね。窓は少し斜め横の位置に…。あっ!」
安田が「やられた!」という顔をする。
宮里はさっぱりわからないでいるようだ。
「さ、行ってみようよ。いるかなぁ〜?」
玄関のドアを開けて、中原と安田が出て行った。





*一行が向かった先はどこの部屋?
 推理クイズで書かれていそうなネタですね。





*解決編*



「なんて言うか…、どどっと疲れましたね」
「ぼく、まだあの人の金切り声が耳に残ってるよぉ…。どうして頭のてっぺんから声が出せるのかなぁ…」
夕暮れ。署に戻る車を走らせる中原と安田の二人は理香の警笛のような声で、耳鳴りに似たものを感じていた。
「でも、マンションの管理人さんも大変ですね」
「うん…。あの空き部屋の窓ガラスを粗目ガラスにわざわざ変える〜、なんて。新しく入居者が入ってきたらどうするんだろう?」
「ですね。ガラスを戻さなきゃならないとなると、また今回のような騒動になるんでしょうかね…」



あの後、向かった先は隣の部屋、508号室だった。
『戸部繁彦』と表札に書かれてある。
「橋本さんはお隣の…、戸部さんは見たことないんだよね?」
「隣の住人?そんなの何の関係があるの!知らないわよ!」
理香の金切り声に、中原も肩をすくめた。
インターフォンのボタンを押し、しばらくすると中の住人の応答があった。
ドアが開くと、20代半ばほどの男が姿を見せた。
「あー!コイツよ!このストーカー男、とうとう隣にまで住みついていたのね!」
戸部はいきなりつかみかからん勢いの理香に圧倒された。
「何スか、何スか!このおばさんは」
「ひいぃぃぃぃ!『おばさん』ですって!」
「橋本さん、落ち着いて・・・、あいたぁ!」
割って入った宮里が理香に引っ掻かれた。


「暗闇ガラスの反射…、ですか?」
「はい。橋本さんは戸部さんが覗いているのを見たのは夜だけと言っていました。宮里さんとぼくが正面から立ったあの窓からは、斜め向かいの明かりの消えた窓が鏡のようになり、隣の戸部さんの部屋の窓を映し出していたんですよ」
宮里はちょっと納得いかないように頭を掻いてみせた。
「でも、わかりませんかね?ピッタリと窓枠に映し出されるなんておかしいですよ。当然遠方の景色は小さく映るはずですから」
「そこなんだよねぇ〜。たいしたことじゃないんだけど」
中原が後を引き継ぐ。
「ここからは推測なんだけど、橋本さんは見られて困るような事情があったから視線や人影に過敏になっていたんじゃないのかなぁ〜」
理香が吠える。
「なななななななななな!何を!誰だってプライバシーはあるでしょう!困るとか困らないとか、そんな問題じゃないわ!」
急に思い出したかのように戸部が手を打った。
「ぉお!そうだ、このおば…、いや、橋本さんでしたっけ?そういえばオレも向いの窓でちょっと変わった女を見たんだけど、なんか似て…、ぐげぇ!」
「言うなぁ!やっぱり見られてたか、クソッ!この野郎め!」
理香が戸部に飛びかかって首を絞めた。
「橋本さん!大丈夫ですから、離してください!詮索はしませんから!」
安田と宮里が二人を引き離した。
「キサマ!言ったらぶっコロスぞ!がるるるるる!!」
「ゲホゲホッ!言いません言いません!ゲホゲホッ」
そこからは誰にも喋らせないようにするかのように理香が頭の穴から金切り声でまくし立て続けた。
それは後から駆け付けた管理人が、窓ガラスの件で話をつける間じゅう続いた。



赤信号で停車させると、安田は中原に問いかけた。
「結局、何か知られたくない事があった橋本さんは『窓の男』をストーカーに仕立て上げて、うやむやにしてしまおうとしたんでしょうかね」
「『何か』の言い訳として、印象をぼかそうとしたんだろうけど、生憎戸部さんはたいしてそれを気にかけていなかったんだよ」
「でも本人にとっては知られたくないプライバシーだった…」
「秘密なんてそんなものだよぉ。傍から見たらそれほどのものじゃなくても、本人にとってはとても大きな事に思えてしまうんだねぇ〜」
コメカミを押え、中原は溜息をついた。
「もぉ今日は疲れた〜。明日休む〜、エネルギー切れだよぉ…」
「さすがの中原さんも今回はげんなり、ですね」


安田はクスッと笑うと、信号が変わり車を発進させた。