子供刑事 中原君 1





中原と安田の二人の刑事が旅館に到着したのはちょうど0時頃であった。


「こちらです。現場に連れ合いの三人も待機しています」
最寄りの交番から先に駆けつけていた警官に案内された。
「あ〜、これはどうもねぇ。…雪はやんでるね」
車から降りると中原は雪原を見渡した。
「はい。この入口以外に外部からの足跡など、侵入形跡はありませんでしたから、やはり内部の者の犯行かと…」
「玄関には常に従業員の誰かがいたと?」
運転席から降車した安田が問いかけた。
「少なくとも彼らが部屋にこもって麻雀をしていた時間から遺体発見までの間は」
「空を飛べる何者かの犯行は考えてないのぉ?ぶ〜んって」
中原の言葉に警官は『なんだ、コイツ?』と思いつつ、噂通りの刑事だと納得した。




被害者、宮田康成(33)、フリーター。
サウナ風呂の中で何者かによって首を刺されての失血死。
ロッカーのカギは手首に付けられたまま。物取りの犯行ではないようである。
行きずりの殺人狂がいない限り、容疑者は宮田と共に宿泊していた3人に絞られていたと考えられていた。
3人にはそれぞれに何らかの同機を持ち合わせていたのだ。


小さなサウナ風呂がある一室に通されると中原は噴き出した。
「中原さん!」
小声で安田が嗜めた。
「安田君、だってこの容疑者の人たち…」
中原が耳うちしたが、安田にはその理由がわかっていた。
3人の体格である。全く「別の種類の生物」かと思うくらい相違していた。


「犯行は彼らが宿泊部屋で麻雀を行った後、休憩していた間です。浅井さんが遺体を発見するまで2時間ほどの時間がありました。
遺体発見は23時頃です。
浅井さんは宮田さんが部屋に戻って来ないので、ここまで探しに来ました。宮田さんは『サウナに入ってくる』と彼らに言ってましたから。それで、後藤さんと石田さんは宿泊室に残…って寒いっ!!!」
状況説明する警官が話を中断してしまう。
「ちょっと!中原さん、現場を乱さないでくださいよ!」
「安田君〜、寒いよ〜。ほら、軒先なんて…」
「寒いんだったら窓なんて閉めてください!」
「いやぁ、ごめんごめん。二重窓の断熱はすごいねぇ。開けたら寒い寒い」
窓を閉めると、手をこすり合わせる中原は部屋の隅にあるマッサージ椅子に座った。
「大丈夫ですか、あの刑事さん」
「あ…、すみません。いつもあんな感じで」
安田は申し訳なさそうに頭を掻いた。
「あ〜、なんか眠いやぁ…。安田君、ちゃんとお話聞いておいてねぇ〜」
『いい気なもんだな、このクソガキ!』



3人は宮田と同い年の大学からの同期生である。


浅井浩二
小柄な体格の自動車整備士


ぼくは麻雀の後、ゲームコーナーにいました。こういう所ってレトロなゲームとかあって懐かしいんです。はぁ、つい夢中になってました。
…えぇ、確かに宮田とは金銭トラブルはありましたよ。まともに働きもせずに、ぼくをアテにお金ばかりせびって…。
そりゃぁ、学生の頃は女性関係で世話にもなったし、妻と知り合ったのも宮田絡みのコンパからでしたから…。
でも100万近くにもなるんですよ!しかも返すアテもない。
いい加減腹立たしく思っていたのは確かですが…、殺すだなんて。
???宮田の借金によって被った被害、ですか?
ないですよ。裕福ではありませんが普通に生活はできてますから。
宮田を呼びにここまで来た時には、そこのサウナ室で血まみれで倒れていて、慌てて従業員さんを呼びました。
…はい、宮田は金にだらしなかったのは確かです。
石田だって…。そうだ!石田なんかモメてたじゃないか!



石田則男
巨漢な体躯の調理師。


俺ぁその時間は食堂でうどん食って雑誌読んでたぜ。それで、なんかウトウトしてきてちょっと寝ちまったがな。
モメてたって、別に金は…。
うん?まぁ、200万くらい宮田には…。
確かに痛いさ。けど、店の経営も順調でそれくらいの余裕はあるさ。
フン、浅井ほどピーピーじゃないぜ。
???融資の理由…、ですか。
……………。
すみません、黙秘権って認められますよね?まぁ色々と…。
それより後藤なんて宮田から逆に借りてたくらいじゃねぇか!



後藤大輔
ヒョロヒョロっとしたずいぶん背の高い男だ。自称ミュージシャン。


オレはずっと部屋にいたが?テレビ見ていたね。
宮田から借りた金?そんなのもう返したぜ。調べたらわかるはずさ。ヤツの口座にオレ名義で入金されてるはずだ。
???そりゃぁ、ギターの方はもういい加減やめようと思っていたからよ。機材やらなんやら全て売り飛ばしたさ。
一時期はスタジオミュージシャンとしてやってた貯えもあったからな。テレビに出たことだってあるぜ。結構評判よかったさ、長身のギタリスでオレのカッティングは…。
あ?もういいスか?



「それで、犯行時刻にあなた方を目撃した人はいなかったのですか?」
「宿泊客数人と顔くらい食堂で合わせたさ」
「そりゃ、ぼくだって」
「…なんだよ、オレかよ?逆にこもってたから外に出てねぇ証拠じゃねぇか」


しだいに3人は勝手に話しだし、口論となった。


「うるさいよぉ、もう!犯人わかってんだから、あとは裏付けだけじゃんかー」
唐突に中原が声をあげた。
安田は驚いて中原を見た。
「中原さん、裏付けって…。まだ凶器すら見つかってないんですよ!なのに犯人がわかったなんて」
「ここにぼくが来た時になんとなくわかっちゃったから噴き出したんだよ」
「はぁ?」


「車の整備士なら凶器なんて選び放題だよな、浅井」
「後藤!そんなの誰だって用意できるじゃないか!例えば石田の包丁とか」
「俺の商売道具を愚弄すんじゃねぇよ!」
まだ口論を止めない3人に中原は辟易していた。
「もう凶器なんてどっかにいっちゃったんだからいいじゃんかー」
安田が口をはさむ。
「よかないですよ!」
「じゃ、安田君一人で探しなよ、見つけられるんならね」
「なんスか、それ!」
「だからー、犯人はこの人〜」
中原は一人の男を指差した。
男の顔は蒼ざめた。


「そこのー、宮田さんだっけ?死んじゃってる人。首の刺し跡、見た?安田君」
「はぁ…。何か結構傷口はデカイですね。これじゃ、あっという間に失血…」
安田はハッとした。
「返り血だ!犯人は返り血を相当浴びているはずなのに!」
「多分、刺されて意識を失ったんじゃないかなー。失血死したのはその後だよぉ」
中原が『男』に視線を向けた。
「ね?君にしか犯行は不可能なんだ、この殺し方は。じゃ、帰るねぇ〜。鑑識さん達も来るころだから」





*暇な方は凶器と犯人を当ててみてください。
 ヒントは適度に置いたつもりです。





*解決編*



「待ってくださいよ!」
安田が去りかける中原の首根っこを後ろから捕まえ引き戻した。
「コラァー!ぼくは猫じゃないぞぉ!」
「ちゃんと説明してください!」
「言ったじゃないかぁ、もう帰って寝るぅ」
ゴネる中原に『男』も反論した。
「勝手に犯人にしたてあげて、そんな事が通用するのか!」
「ん〜。メンドくさいなぁ…」



「例えば動機〜。浅井さん?奥さんがおめでたでお金が必要になって〜」
浅井は慌てて言い返す。
「そんな事!調べたらすぐわかることじゃないですか!ないですよ!」
「だよねぇ〜。で〜…、石田さん?脅迫されてたんだよね、死んじゃったこの人に」
「そ、それは!…それとこれとは」
「だから動機としてだよぉ。例えば〜…賞味期限切れの材料を使ってたとか〜」
「!!!」
石田はぎょっとしたように一瞬、息をのんだ。
「でもぉ〜、そんなのちゃんと正せばそのうち風化して隠蔽できちゃう?」
「か、勝手な憶測を…」
「うん。憶測だよ、気にしないでねぇ」
石田は黙りこんでしまう。
「おこずかいあげてるうちにどうにかできちゃうもんねぇ〜。殺しなんてバカしないよねぇ、お店は順調なんだから。隠蔽できたら返済を求めるつもりだったんじゃないかな?」
中原は後藤に顔を向けると笑顔になった。
「そういうこと、だよぉ。犯人の後藤さん」
後藤はずっとわなわな震えたままでいた。
「本当は〜、音楽続けたかったんじゃないかなぁ〜?夢を壊されて、それで?」
「………だから、どうしてオレが犯人だって決めつけられるんだよ。さっきからアンタの言ってる事は憶測ばかりじゃないか!」
「身長190以上?大きいねぇ〜。これは憶測じゃないよねぇ」


「中原さん?さっき言ってた凶器…。『見つけられるんならね』ってどういう意味なんですか?」
安田が疑問を口にした。
「『空気』になっちゃった」
「はぁ?」
「蒸発しちゃったんだよ」
「!!!」
安田は瞬時に理解した。
「そう、氷。ツララだよ」
「そうか!首に突き刺してしまえば抜かない限り出血は少ない!返り血も浴びなくて済む。場所がサウナなら10分もあれば跡形もなく溶けて…」
「まぁ、そうなるにはある程度の太さがなきゃダメなんだけど、『栓』にならないからねぇ…。なんか、やっぱり眠い」
「寝るなぁ!いえ、寝ないでくださいよ!」
「んん〜…」
目をこすりながら中原が続ける。
「だから凶器として使うには、溶けかかったようなナマクラな氷じゃダメ。硬く鋭い、折ったばかりの物」
察知した安田は先ほど中原が開けた二重窓を開いた。
「…なるほど…、後藤しか可能じゃないってこういうことか」
後ろから覗き込む警官。
「あっ、確かに一か所折ったようになってますね!」



「冗談じゃねぇ!何だよ、このガキみてぇな刑事は!寝ちまってんじゃねぇかよ!」
しばらくの時間、一同沈黙してしまうと、後藤が耐えきれず声を荒立てた。
「どうしてそれでオレが犯人になるんだよ!トリックがわかりゃ誰だって可能だろ!どいつもこいつも、アリバイなんて確定されちゃいねぇ!犯行はそんなに時間がかかる事じゃないだろ!凶器は窓のすぐ外なんだからよ!」
安田が溜息まじりに代わりを言う。
「小柄な浅井さん、巨漢の石田さんには…、いや私にだって…。届かないんですよ、軒先のツララまで手がね。安定した態勢で太いツララを折ることができるのは長身の後藤さん、あなたしかいないんですよ」




署の裏の駐車場。
晴れた空の下、中原は凍った路面で自転車を走らせ、ブレーキでドリフトさせて遊んでいる。
安田はぼんやりとそんな様子を見ていた。


宮田の遺体の傷口に凍傷の跡が見つかった。
後藤が供述を始めると、ほぼ中原の推理通りだったことが明らかになっていった。


後藤はある人気バンドから、抜けたギタリストの代わりにメンバーとしてのオファーがあった。
「そのうち借金は返してやる」
そう宮田に話したところ、それならすぐにある程度は調達しろと言われたそうだ。
愛用のギター一本残し、機材を全て売り払うしかなかった。この大事な時にこじれは禁物だと考えた。
ギター一本でのスタートのつもりが、これが参入先のメンバーから不審がられた。
人気バンドだけにスキャンダラスな事は避けたかったのだろう。
…代わりの候補は他にもいたのだ。
結局、後藤は切られ、気づけばギター以外の全てを失っていた…。
機材を売り払った後藤にはスタジオミュージシャンとしてやってゆく事もできなくなり、夢を断たれた。
後藤の安マンションは、もぬけのからのように見事に何もなかった。
夢を託した一本のレスポールを残して。
そんなマンションを見て安田は『にんべんに夢と書いて儚いと読むんだったかな……』などと考えを巡らせた。



安田が唐突に声をかけた。
「あー!中原さん、署長が!」
「えぇーっ!!!」
自転車ごと転んで雪に突っ込んだ。
「…嘘ですよ。あははははっ」