いつまで待っても来ない電車

















村治佳織 / Hey Jude


いい感じで気持ちよさそうに弾いていますね (*^_^*)
この方は、がんばり過ぎると音がガチガチに堅くなって残念な演奏になってしまいますから。
以前、あっぷしようとして、別の動画にしてしまいましたが、やっぱり好きだから。





耳に残る演奏です。
























ぼくは佇んでいた。



10月の乾いた風に揺れる、背の高い草原をゆっくり踏みしめ進んでゆく。
カメラを持ち、何か心に引っかかるような風景を探しているうちに、どこをどう歩いたのか廃駅に出ると奇妙な光景を目にした。
そこには誰もいないはずのホームに、一人のサラリーマンが立っていた。どう考えても不自然な状況下にちょっと戸惑いながらも、思わず彼に声をかけていた。
「どうしたんです?こんなところで・・・。あいや、ぼくも言えるような立場なんかじゃないですけど・・・」
首から下げたカメラを持つ手を少し高くした。
そんなぼくを訝しく思う様もなく、彼は自然に答えた。
「・・・待っているんですよ、電車をね」
この駅が廃駅になってずいぶん経つのだろう。駅の看板は撤去され、柱にある駅名も剥がれ落ちて読めないような場所。線路はめくられてはいないものの、錆びついて辺りには雑草が生い茂っているくらいだ。


ぼくが子供の頃にはすでに廃線となったような路線の小さな駅。それから何年もの月日が流れたことだろう。
もう電車が来ることのない駅。
彼はくたびれたスーツをきっちりと着こなして、鞄を片手にホームに立っている。
一体、年齢はいくつくらいなのか、若くも中年にも捉えられるような印象だ。


線路づたいにホームの下から、彼に歩み寄って行った。
間近に見た彼はどこか遠くを見ているかのような視線で、ホームのペイントも劣化した位置に立っていた。
「待っているたって・・・、ここは見ての通り廃線になってずいぶん経つような駅ですよ?」
彼の視線が動いた。ぼくを見下ろすと少しだけ笑ったような表情になる。
「・・・そうですね。・・・この駅には、もう電車は来ないかもしてません、わかっています。・・・でも、待っているんです」
風がすぅっと吹きぬけ、足元の草を揺らした。
「かもしれないどころか、いつまで待っても来ないですよ」
「そうですか?絶対に・・・、ですか?」
彼はじっとぼくを見据えた。その眼差しの真剣さに少し考え、そして答えた。
「ええ、絶対に、です」
彼はまた遠くを見るように視線を向けると、独り言のように繰り返した。
「絶対に、ですか・・・」


動こうとしない彼に対して、何を言っても無駄だと感じた。
どうしてだろう?
彼はいつまで待っても来ない電車をわかっていながらなぜ待ち続けるのか。
「・・・とにかく、もうすぐ陽も落ちてきます。暗くなって迷わないうちに戻った方がいいですよ」
「そうですね。ご心配かけてしまって申し訳ありません・・・。もう少し待ったら、帰りますから」
「・・・はい。ぼくも先を急がないと暗くなってしまいますから」
秋の日暮れは思うより早い。夏の日照時間に慣らされた感覚でいては、帰路にも慌てることとなってしまう。


「それじゃ、これで。ぼくは失礼しますから」
「はい、お気をつけてください」
彼は軽く一礼をし、ぼくも片手を挙げた。
不可解なことに遭遇しながらも、ぼくはどこかで「日常」を感じてそこを後にした。


歩いてきた草原を戻ると、秋風がざわざわと回りの草木をなびかせる。空は日暮れも近いことを知らせるかのような雲行きだ。
もう一度振り向き、駅のホームを見ると、そこに彼の姿はなく忽然と消えていた。そして、秋風だけが吹き抜けた。
あの人も帰ったのだろう。それとも・・・、
電車に乗ることができたのだろうか?


ぼくは再び足を進めながら行く先を見つめ、彼と同じように遠い視線をその彼方に向けた。