SS ・ 子供刑事 中原君 4
















事件は15年前、地元カナダの大学生冬山登山者5人のパーティーに起きた。
カナディアンロッキーにあるMtロブソン、天候も安定した夜のテントだがそれは無残に切り裂かれていた。切り口は内部から切られたものと判明され、そのすぐ外には2人の遺体が残されていたそうだ。
2人の遺体には何箇所もの素手で暴行された痕跡があったが、死因は凍死である。つまり殴られ倒されたまま動けず凍え死んだと思われた。
残りの行方不明になっていた3人の捜索はその後、約300メートル離れた地点で発見された。やはり暴行跡があっての凍死。
事件は何者かに襲われたと考えられ捜査されたが、犯人を特定できないまま風化されかかっていた。


たまたま現地警察に訪れていたわたしはその事件を知り、違和感を感じた。
「何かひっかかるところでも?ミスター・ナカハラ」
「テントは内側から切り裂かれたものだとあるそうですが・・・」
「はい、鑑識でなくともちょっと知識のある者なら、切り口を見たらすぐに判別できますよ。間違いありません」
わたしは腕組みをし、身体を前後に揺らせた。疑問を感じた時の癖である。
興味を持ったわたしは事件の調書の謁見を依頼した。そしてそれはあまりにも予想外に少ないものであった、暗礁に乗り上げた事件とは思えないほどに。
「これが彼らの切り裂かれたテントの写真です」
「・・・まさか」
わたしの妙な違和感はあまりに明白な形で露わになる。
それは1〜2箇所の切り裂きではなくズタズタにされていたテントの残骸であった。
「何者かに襲われたのなら、なぜ出入り口から逃げなかったのでしょう?わざわざ切り裂くのは出入り口側からの近寄りを確認したとしても、反対側一箇所を切り裂けばいいでしょう」
「おそらくテント外から襲われたため、内部から攻撃したのでしょうね」
「そしてそれは手負いにならず、全てかわされた?」
刑事はいぶかしげな表情になると
「まぁ、そいういうことですな」
とだけ言った。血痕はなかったのだ。


「外部には物証になる物は発見されなかったとありますが、テントを切り裂いたナイフはどこにいったのでしょうね?」
「あぁ、それならテント内部にありましたよ。外で発見されたのは野生動物の糞くらいなもんです」
わたしはますます違和感を深めた。当然だ、なぜ外部から丸腰の攻撃者にナイフを使用しなかったのか。
「それはどこか雪原に落としたとでも思ったのでしょう。逃げ惑う中、夜の雪の中に落としたナイフを探す前に逃げるでしょうからね」
「それにしても屈強な犯人ですね、5人もの相手に素手で立ち向かうとは」
「5人のうち2人は女性です」
「つまり、3人も山男がいた・・・のに?」
刑事はタバコに火をつけ煙を吐きながら
「その点は確かに妙ですが、ミスター・ナカハラの言う通りプロレスラーのような男だったとも推測できますが、単独犯と断定もされてはいないのです。2人の女性は逆に守らなければならない足手まといにもなります」
わたしは調書に目を通した。



「2人を倒し、300メートル先で逃げた3人に追いつき、そこでまた殴り倒したことになりますが、そこに女性はひとりですね」
「そうです。つまり先の2人は男女です」
「・・・なるほど」
わたしはニヤリと笑い、調書を閉じた。ここにあるのは隠蔽だからだ。しかし、肝心な部分を隠しきれてはいないようだった。
「あなたはひとつ嘘をついていますね?それも重大な」
刑事は窓の外に身体を向けた。その表情を見られたくはなかったのだろう。
「300メートル先で発見された3人の遺体、本当は2人じゃなかったのではないですか?」
「・・・・・・・・・・・しかし、パーティ5人は全員死亡し、遺体は発見されています。皆、暴行された形跡があっての、です」
「はい、さらにその先で倒れて遭難した女性を最後に、ね」



刑事はオイルヒーターを弱めた。
「テントから一番離れたところの遺体・・・、彼女は天使の描かれた小さな紙切れを持っていました、金色の」
「・・・そんなこと、調書にありましたかね?あったとしても重要なこととは思えない」
「はい、わたしが日本人でなければそう思うところでしょう。・・・事件はあまりにお粗末であり、犯人もいないのですから迷宮入りさせておきたかった気持ちはわかります、遺族のためにも」
深いため息をつきながら刑事が振り向くと、その表情は口元だけで笑いかぶりを振った。








テント外にあったとされる動物の糞、鹿か兎のものと調書にはありましたが、これではなかったのでしょうかね?
森○のチョコ○ール。日本ではロングセラーのお菓子ですが、くちばしと呼ばれる取り出し口に金色のエンゼルが描かれていたら当たり、銀色なら5枚で当りです。製造している製菓会社に送れば「おもちゃの缶詰」と呼ばれる物と交換できます。
日本人なら8割は知っていることですが、問題はこの「おもちゃの缶詰」、名ばかりでガラクタが入っているだけなのですが、そのネーミングから子供には夢のアイテムとされているのです、ずいぶん昔から。
登山者の一人は日本への旅行歴があります。これを隠蔽しなかったのは失敗でしたね。
ラクタの入った幻のアイテムをやはり日本人のほとんどが、それはきっと素晴らしいおもちゃが入っているに違いないと思われています、子供の頃のインプリンティングでしょうが。それを宝石箱のようにでも聞かされたのかもしれません。言葉の齟齬の可能性は充分に考えられます。
そして、持ち帰ったこのお菓子、なんと出てしまったんですよ、金のエンゼルが。
・・・あたりは人里離れた雪山、テントの中は不穏な空気になります。宝石箱の当りくじがあるのだから。
それを察した持ち主はナイフを振り回し、威嚇してテントを中から切り裂くほどに暴れたのでしょう。
しかし、すぐに仲間からたしなめられ、ナイフを取り上げられたと思われます。その瞬間から惨事が始まります。殴り飛ばしてはその当りくじを取り上げ、わが物にしようと醜い争いになりました。
持ち帰れば億万長者という考えにまで発展してしまったのかもしれません。集団ヒステリーです。
まずは男女2人が倒され、取り上げた者・・・、おそらく男性が持ち逃げますが300メートル先でもうひとりの男に追いつかれ、そこでまた奪い合いの殴り合い。後から追ってきた女性が追いついた時には二人とも消耗していたか一人ボロ雑巾のようになっていたか、比較的軽症だった女性の力でも倒すことができたのでしょう。
ラクタの缶詰とも知らず、宝石箱を手に入れたと思った彼女は下山を試みますが、山慣れした者は死亡し、彼女もそのまま遭難してしまいました。
「金色の天使」に召されてしまったんでしょうね・・・。




「そんな事件あるかー!!」
「なんだよぉ、ぼくがドアから出て行ったらスタッフのエンドロールを思い浮かべるとこまでやらなきゃダメじゃないかー」
「ばかばかしい、聞くんじゃなかったですよ」
「安田くんが暇だから事件の話してって言うから、即興で作ったんだぞ、そんな言い方ないよ!」
「作り話じゃなくて、本当にあった事件を聞きたかったんです!」
「本当にあった事件なんてもっとつまんないんだぞぉ」



上田北署は今日も暇(平和)だった。