偽随筆 ・ 人間は外見


まぁ、この方ならいかにも言いそうだとゆーことで (^ω^;)





















スピッツ / スピカ】


当初は「粉のように」というタイトルだったそうですね。言われてみれば「スピカ」という単語は歌詞にはありません。星のことについては、少し歌詞にも出てきますけど。




「幸せは途切れながらも 続くのです」
そう信じていたあの頃・・・ ( ̄、 ̄*)






























改めましてこんにちは、ソフィアなのです。
今回は「わかっていることと、それができることは別物」だというお話です。


先日のなりきりスレで、ばっちい相方が「ツラヨシはバレンタインに女子からもらう時は調子いいこと言っていて、もらった段ボール箱いっぱいのチョコを男子たちが見ている前でゴミ箱にだばーっと捨てて『欲しいヤツは持って行けよ』などと言う外道だった」なんてレスをしていましたが、それって・・・。
スレの終わりくらいだったから、そこは流しましたが後に聞いたら「そうですよ○○さんのブログから借用したんです。だってあいつがいかにもやりそうなことだったし」だそうで。
つまり、どこにでもそういう非道い人はいるってことなんですね。
ルックスがいいから調子に乗って天狗になっての二枚舌。怖いものです。
あ、「ツラヨシ」という名は、ばっちい方の奥さん、極道さんが命名したそーです。顔ばかりよくって、性格最悪ってのがにじみ出ていると見抜いていたみたいなんです。つまり「顔だけ良し」ということなんですね。


でも、そうやって見抜ける方は意外に少ないものです。
「中身を見てほしい」なんてのは虫のいいお話で、「書類選考」時点で落とされてしまい次にいけないのが常です。それだけ外見は第一ということなんですよね。
わたしも書類選考で落とされるクチです。そういううと、ばっちい方は「なんで!」と驚きますが、つまり外見と中身に相違があるんですよね。
わたしはいつもすっぴん、ドすっぴんで子供っぽい顔だからそんな扱いをされますが、本当はイジワルなんです。前回書いたように、考え方がひねくれています、純真ではありません。ばっちいお話もわりと平気です。エロスネタも笑っていられますが、回りは気を遣ってわたしにはそういうお話をふってきません。
だからわたしがそんな感じの冗談を言ったりすると、半径3メートルくらいを真空にしてしまうんです。笑ってもらえません。ばっちい方ですら、会う前は少しはそんな冗談も言ってきまいたが、会ってからは言ってくれません。
わたしは穢れた人間なのに・・・。


あとそうですね、ずっと以前に書きましたが警察に不信感を持っています。真面目に日本史を勉強していたらそうなってしまうのですが、千明ちゃんの外見だけで強引な交通検挙して暴言まで吐かれて、「わたしがこんな化粧しているからだ・・・」って落ちこんでいた時は泣きたくなりましたよ。
昔、鬱友達だった方の旦那さんがあまりにヒドイ扱いするから、通話でそのあたりを理解してもらおうとしたら「アナタのようなキチガイに関わってほしくないですね」と言われ「それって差別ですよね」と言ったら「は?ぼく何かおかしなこと言いましたか?証拠は?」なんて平然と言うんです。・・・その旦那さんは警官です。
警察官なんてそんなものです、少なくともわたしの中では。


こういうのって、わたしの外見には出ていないみたいなんです。おとなしくて気弱で地味な感じしか。
まぁ、そうですが、そればかりじゃありませんよ、わたしだって。奥行ってものがあります。付き合いの長いコープランドさんや千明ちゃんやふーちゃんはよくわかってくれていますが、理解してもらうには時間が必要なんです。


わたしはきっと外見通り、おとなしく黙っていた方がいいんだと思います。でも、そんなの本当のわたしではありません。息苦しい生き方になってしまうことでしょう。ある意味わたしも「ツラヨシ」さんのことは言えないってことですね。
会社でい○○さんと話していて、「あんな人、簡単に死んでもらっては困りますよ。この世の生き地獄をたっぷり味わってから苦しんで死んでもらわないと」なんて言ったりすると、やっぱり「ぎょっ」とした顔されてしまいます (;−"−)
言いたいことはわりとはっきり言うタイプです。


結局のところ、世間は外見で判断するということになるんですよね。
外見通りの生き方をすればもっとうまくいくとわかっていても、それができるかどうかとなると難しいのではないのでしょうか?
例えば、外見とはちょっと違うお話になりますが、マリー・アントワネットの「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と貧困層に言ったとありますが、彼女はそんなこと言っていません。諸説あるようですが、いかにも言いそうな人物だからそう掲げて民衆を煽ってフランス革命を起こしたとも言われています。
「平家にあらずんば人にあらず」、これもそう堂々と言い放ったのではなく、お酒の席でそんな一言が出たのを「みんなに報告しないと!」と大袈裟に広められたそうですね。「驕る平家」ですから、民衆はいかにもあの連中が言いそうだと。


決めるのは世間が見てくれで決めてしまうことなんです。
わかっていても、そうできないこと、ならないことなお話でした。