偽随筆 ・ 風化させてはいけないこと





















Dire Straits / Brothers In Arms






























改めましてこんにちは、ソフィアなのです。
先週も来ていたのですが、とても更新できる精神状態ではありませんでした。
元は貼る音楽をYOU TUBEで、と開いたらなぜか画像の事件を流す動画があって(全く関連性がない動画紹介がされる場合もあるそうです)、たまたま開いてしまったのが始まりでした。
事件は1988年暮れから89年にかけての40日間ですが、日本の犯罪史上最も残忍な事件として有名ですから、そのあたりは省略します。存じているものとしてお話してゆきます。
もし、知らない方がいるようでしたら「閲覧注意」を前提に検索すれば、どれだけ胸が悪くなるかわかってもらえるはずです。
・・・事件発生時、わたしもかろうじて生まれていました。


事件そのものは知ってはいましたが、詳細に関しては知らないでいました。見ていて慄然としました・・・。
それから、何かに憑りつかれたかのように、ググって色々な関連記事を見ていました。それには、そのまま事実だけが書かれていたとは思いません。尾ひれ背びれがついて事実にはなかったようなことも含まれているとわかってはいますが、それでもいいのです。
わたしは・・・、憑りつかれたとしたのなら被害者の方に、だと思うんです。自分の苦しみや恐怖や怒りを少しでも多くの方に知ってほしいという思いがあったのでは?という気がしてなりません。被害者心理として、大きく被害状況を言いたいのは当たり前なんです。だから事実にないことが書かれていたっていいんです。
例えば、飯○愛さん。被害者が監禁されているところを見ていたという噂があるようですね。彼女は謎の孤独死の末、死体発見まで一週間放置されていたと言われています。霊媒師の方に死の直前に宣告されていたのは、何かそのあたりを垣間見たと考えられなくもないです。呪われていたという考え方もあります。


そもそも「女子高生コンクリート詰め殺人事件」という名で知られていることに納得いきません。「女子高生リンチ殺人事件」が正確なところでしょう。コンクリート詰めは発見されたのがそのような状態であっただけであって、事件の核心はそこに至るまでの残忍な経緯が重要視されてしかるべきなのです。
「自殺」という言葉が差別的(?)であるから「自死」と呼ぶように。数年前にそんな動きがあったのを記憶しています。実際にそう動いた自治体もあったようですが、定着はしませんでした。
それもそのはず、「自死」とはもうすでに別の意味で存在していた言葉なのですから。
肉体が長期にわたってあまりに耐えがたい苦痛にさらされ続けると、身体的に死を選び脳が溶けるという現象があるそうです。それが「自死」。「生物の本能である「生きる」ということすらも越えてしまうのです。尋常なことではなく、非常に珍しいケースですが、この事件の被害者はそれが起こっていたのです。肉体的ストレスで毛髪が全て抜け落ちて・・・。


書きたくはないですが、「自殺」というワードが出たからひとつ言いましょう。
最も苦しんで死ぬ自殺法として有名なのが焼身自殺です。死に至るまで時間がかかる上、意識が途切れず苦痛にさらされる時間が長く、焼かれた痛みだけでなく呼吸困難などの苦しみもあるからだと言われているようです。
この事件ではそれが地味に死なない程度に行われていました。
生身の腕や足をライターの火で焼いたのです。もちろん大勢に押さえつけられて。さらに、燃料をかけられ火をつけられて、転げまわって消す様がおもしろくて何度も繰り返したとも・・・。


・・・吐きそう。


その昔、ナチス党は大量のユダヤ人を虐殺したとして史上に残っている戦犯があります。
大量殺人ではなくとも、一人を集中的に痛めつけるということは、それに匹敵するくらいのことだと思う。もちろん、ナチスは一人の人間に対して残忍な人体実験をして死に至らしめたということもしていますが、拷問目的だったかどうかまではわからないですから。
同等に扱ってもよいのでは?と思うのはわたしだけでしょうか?


少年犯罪ですから、実名は伏せられていましたが、数年前にある週刊誌でやはり風化させてはいけない事件として、実名報道されたようです。
当たり前です。少年期の顔写真しか晒されなかったようですが、その時現在の顔だって目隠しなしで晒してもよいくらいです。
主犯の数人は刑期を終えて、出所しています。また、書類送検だけで終わった者や、事件に関わった者を合わせると100人近いとも言われています。
現在なら40代です。何事もなかったかのように家庭を持っている人も多くいるでしょうね。
出所後、同様の犯罪を犯したとか、取材陣が訪れたら「罪は償ったから終わったことだ!」と逆ギレたとも言われているようです。
取り調べの段階で「罪の意識より呪われたくなかった」と自分のことしか考えていない自供もしていたとありました。
全員出所したところで集まって、当時のことを肴に大笑いしながら酒盛りしたとも言われています。




どうです?
平静を保てますか?
わたしは無理です。
死刑が生ぬるいくらいに思えてしまいます。
40日間にわたって拷問死させて、やっと同等。救われません。




事件後、26年が経ちました。起きてしまったことはもう取り返しはつかないのは当然として、この事件を知らない人もずいぶんいると考えられます。
神はいません。
ただ、今さらながらでも、被害者の方のご冥福を心からお祈りするとともに、この先同様の事件を繰り返さないことがわたしたちにできる供養ではないでしょうか?
特に、幼いお子さんにその対象が向けられているように思うんです。




もう無理!