ニコラスは誰?





―12月25日―
クリスマスの夜、栞がまた体調を崩した。
知り合ってちょうど一年目の今日、ぼくのアパートで二人だけのささやかなパーティーを開くはずだった。
バイトを早々にきりあげアパートへ帰ると、先に来ていた栞が寝ていた。昼から具合が悪かったらしく、それでも会いに来てくれたのだが無理が祟って寝込んでしまったようだった。


「ごめんね…、いつもこんなで…」
栞はとにかく貧血気味で、身体があまり丈夫ではなかった。
「謝んなって。呼び寄せたオレが謝らなきゃいけないとこだ」
「……あきれてるでしょ〜?」
布団で顔を半分隠しながら、くすくす笑う栞にぼくはとりあえず安心していた。
「何にしたって、一緒に過ごせるだけで満足だよ」
「だって、とても大事な日なんだよ。絶対に一緒じゃなきゃヤだよ」
「クリスマスだからね」
「じゃなくって、一周年の」



ぼくたちが初めて会ったのは去年のクリスマスの夜。クリスマスなのに帰っても何も予定がないぼくは、他のバイト仲間の分まで労働に精を出した。
遅くなった帰り道、人通りの絶えた商店街の片隅で栞と出会った。彼女もぼくと全く同じだったらしく、クリスマスで人手が足りないバイト先で人の分の時間まで働いた。そしてその帰路、ひどい眩暈に襲われ気分を悪くさせた栞は自販機の横にうずくまっていた。



「びっくりしたなぁ…。知らない人に介抱されるなんて」
「いや、あんな時間だったし普通そのまま素通りはないと思うが」
「だって何度も言うけどわたし、友達からも面倒がられてきたから…」
「まぁ何だって、平気なヤツとそうでないヤツがいるってことだよ。むしろ不審者扱いされなかったことがありがたかったくらいだよ」
「平気だなんて、変なの」
笑う栞を見て、こんな相性もあるんだなと今さらながらに思った。
「あの時、珪ちゃんが通りかからなかったら、いつまでも見知らない二人だったんだね」
「ん?そうだなぁ…」


そうだ、あれは「運命」とはまた違った出会いだった。
「ニコラスのおかげだな」
「にこらすさん?…誰?」
「さぁ、知らん」
「知らないってことはないでしょ」
「それもそうか。言ったことなかったから、つい話しそびれてた」
隠していたわけでもないが、栞には話していない裏話があったのだ。


「一年前に地域限定のチャットで知り合ったヤツなんだけど…、同じ市内に住んでるらしいんだ」
「パソコンで遊んでるのは知ってるけど『ニコラス』って人は聞いたことないよ」
「前の日に『フェイス/オフ』のビデオ観たとか言ってた」
「あぁ、ニコラス・ケイジね」
ニコラスを思い出し、ぼくも少し笑みがこぼれた。
「単純なヤツだろ」
「その時の珪ちゃんのハンドルは?」
「『しんのすけ』だったかな?ちょうど『クレヨンしんちゃん』テレビでやっていたから」
「珪ちゃん、人のこと単純って笑えないと思う…」




ニコラス   「クリスマス・イヴってのに何してんやろな、オレら」
しんのすけ  「彼女くらいつくれよ」
ニコラス   「ほっとけ!モテへんのじゃあ!」
しんのすけ  「おい、雪降ってきたぞ!」
ニコラス   「マジかい!かぁ〜、たまらんて。めっちゃ白いやん」
しんのすけ  「イヤミな雪だ。やたらと盛り上げてくれる」
ニコラス   「しかし、この『部屋』も誰も来んなぁ…」
しんのすけ  「そりゃそうだ。他にやることがあるんだろうし」
ニコラス   「みんなキリストはんのお誕生日会かい」
しんのすけ  「そんなとこだ、祝ってはないだろうけどね」
ニコラス   「オレはおっさんとふたりっきり、か」
しんのすけ  「おっさんじゃねえ!大学生だ!」
ニコラス   「せやったか?気にしいな、すぐにおっさんや」
しんのすけ  「なんだと?」
ニコラス   「寒っ!コーヒー淹れてくるわ」
しんのすけ  「あ、オレもそうしよっと」



ニコラス   「やっぱ、凍てつく夜はココアやね」
しんのすけ  「おい…、コーヒーじゃないのか?」
ニコラス   「苦いやん」
しんのすけ  「裏切り者」
ニコラス   「しんのすけはなんで彼女つくらんねん?」
しんのすけ  「ぎくっ!……モテない君です」
ニコラス   「ほうか?気のええヤツや思うで」
しんのすけ  「いやん!もっと言って〜」
ニコラス   「きしょいやっちゃな…」
しんのすけ  「まぁ、色々あるさ…」
ニコラス   「こればっかりは、縁っちゅうもんもあるしなぁ」
しんのすけ  「そだよなぁ…。なんとかならんもんかなぁ、しかし」
ニコラス   「やすし師匠かい。シブいな」
しんのすけ  「それは、『怒るで、しかし』だ」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


ニコラス   「でなぁ、トキワ商店街の薬局あるやろ」
しんのすけ  「……ああ、あそこね。それが?」
ニコラス   「あそこタモさんの幟、立っとるな」
しんのすけ  「日本の薬局はどこでもそうだ」
ニコラス   「自販機の缶ココア、めっちゃうまいで」
しんのすけ  「へぇ、なんてヤツだ?知らんけど」
ニコラス   「オレも知らん。とにかくあそこでしか売っとるの見たことないんや」
しんのすけ  「いっしょだろ、ココアなんて」
ニコラス   「ナメたらあかんで。それにな、あそこの自販機におつりようけ入ってたことあったで」
しんのすけ  「あ、それオレのだ。返せ」
ニコラス   「知らん言うたやんか」




栞が黒目がちな瞳をぱちぱちとまばたかせた。
「そこって…」
「そう、栞ちゃんを見つけた場所だ。次の日、なにげに気になって通りがかってみたんだよ」
改めて思い出せば、不思議な出会いだった。ニコラスはこうなることを知っていたかのようにさえ思う。
「ニコラスさんとはまだ話すことあるの?」
「いや、それが…。あの夜初めて会って、それっきりなんだ」
「そう…」
ぼく自身そのことがずっと気にかかっている。もう一度会って、お礼(自慢)を言いたかった。
ぼくと同世のように言っていたが、どこか年齢不詳な雰囲気を持っていた不思議なヤツだった。


「聖・ニコラウス…」
栞がつぶやく。
栞ちゃん…?なに、それ?」
「トルコの司教だった人…、かな?」
「????」
「サンタさんの本名だよ」
関西弁で話す、ガラの悪いサンタクロース。でも、なぜか容易に想像できてしまうのは、実際に接したことがあるから…?
「ね、お腹すいちゃった。パーティーやろうよ」
栞がベットから起きだした。
「ええっ!大丈夫なのか?」
「治った。それに、食べてないからお腹すいて」
「また眩暈がしても知らないぞ」
「そうなったら、また優しくしてもらえるもん」
チキンをオーブンにかけ直しにキッチンへゆく栞。ふかしていたタバコを消し、ぼくも腰をあげた。


「ねぇ…。まだ帰ってきてからキスしてくれてないよ…」
「ん?……………」
「おえっ!タバコで苦いっ!」


・・・Merry Christmas・・・



        **************



『なんて…、トボケちゃったけど。ニコラスがわたしだって知ったら珪ちゃん怒るかな?
…うふっ、ずっと黙っていようっと』